広辞苑第4版には「あ」という項目が11出ている。一番最初の説明は「あ」という音そのものについてで、その発音の仕方まで書いてある。話し言葉ともいえない、こうしたただの音を分類して、わざわざ書き言葉で説明しなければ気がすまないなんて、人間とはたしかに自意識過剰の妙な生き物である。

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「愛」だけでは漠然としすぎている。もっと印象をはっきりさせたいなら、なにか1字添えてやるとよい。たとえば「情」という字をくっつけて「愛情」ということにすれば、ホノボノと心暖まる感じになる。いっぽう「愛慾」といったふうにすると、なかなかどろどろしてくる。つまりホノボノもどろどろも「愛」のなかに含まれているものなのである。

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相方

広辞苑では相手、相手役となっているのが、大阪ことば事典では「漫才などのコンビの一方」という具合で非常に局所的なものを指すことになる。広辞苑の定義によれば、あなたの相方は単なる甲とか乙だが、大阪ことば事典ではあなたがボケなら、相方はツッコミでなければならないのである。

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挨拶

自転車に乗った大阪のおっさんとおばはんが、すれ違う一瞬に挨拶を交わす。「寒いなあ」とおばはん。彼女は大きく明るい声でそういって、振り返りもせず走り去っていく。「ああ、寒い」と、こちらも自転車を停めようともせずにおっさんが応じる。おっさんのほうは、少し陰気である。それだけのことだが、とてもよい呼吸で、こういうふうにいえるようになるのには年季が必要だと思えた。じつは今日は、ちっとも寒くなんかはないのだが。挨拶というのは、そんなふうに心のこもらないのが、まあよかったりする。

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愛着

愛着の対象は人や物ばかりでなく、たとえば数字のような観念の産物にも及ぶ。われわれの経済社会は、とりわけ数字に愛着を持つようである。たくさん並んだゼロに愛着するのと、女子高生のブルマやセーラー服に愛着するのとでは、どちらがよりヤラシイか、にわかに判別しがたい。

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アイデンティティー

自己同一性。つまり一貫して「私は私である」こと。ちなみに『現代用語の基礎知識』には「アイデンティティ」だけでは載っておらず、「クライシス(危機)」がくっついている。きょうび「私は私だ」と堂々といえるアイデンティティなどなかなかないというわけである。

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アイドル

「野蛮人は木と石でできた偶像を崇拝し、文明人は血と肉でできた偶像を崇拝する」。バーナード・ショーは、そういっている。ショーが問題にしているアイドルは、専ら映画スターのことである。ビデオもプレステ2もおたくもなくて、文明人と野蛮人の区別が容易についた単純な時代の警句である。

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曖昧

外出しようとしたら「どこへお出かけ?」と隣人が問う。「へえ、ちょっとそこまで」と答える。「ああさよか、ほな気イつけて」と隣人。よう考えたら、こんなええ加減な話はおまへんな、という大阪落語の枕がある。われわれの生活はこうしたええ加減な話によって、じつはほっと一息つく。

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未熟、若さ、経験不足等を指すのにこの色が使われる。「フッ、青いな…‥」と淋しく微笑みながらいったりするのである。淋しく微笑むのは、俺も昔はそうだった。未熟だったが純粋だったよな、というニュアンスを出したいからである。実のところ利口にもならず、ただ年を食っただけなのだが。

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赤っ恥とか真っ赤な嘘とかいう。この場合の赤は、強調するために赤インキで印をつけているみたいなものだ。その伝で裸にも赤をつけることができる。赤裸は、つまりスッポンポンのことだが、脱ぎたがりの酔っぱらいのオッサンの裸体を連想させて、あまり床しい言葉とはいえないようだ。

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赤チン

昔の子供は、身体各部に、ときには顔面にまで、このよく目立つ医薬品を塗布した。大抵の傷は赤チンで間に合わせたものだ。渇くと光の加減で虹色の光沢を帯びた。といって美しいわけでは全くない。だが子供は赤チンがかっこいいのであった。それは名誉の負傷の明白な標識だったのだ。この陽気な薬品が環境問題で製造中止になったのは、1973年である。

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垢抜ける

眼鏡をかけた無細工な少女が、何かの拍子で眼鏡をはずすと、実に素晴らしい美女に変身する。少女マンガの一つの類型だ。男の子の場合ならとんまなクラーク・ケントからスーパーマンへの早変わりになる。こうした貴種流謫のフォークロアが、エステティック産業を支えている。

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明るい

カラオケなどで60年代後半から70年代初めにかけての流行歌がかかると、その実に馬鹿馬鹿しいほどの暗さに、いささかあっけに取られる。笑えるくらいに暗い時代だったのだと思えてくる。その垢抜けしない暗さは、洗練されてはいるが根拠の希薄な明るさに、いつか変わったわけだ。

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あかん

大阪ことば事典は「アカン」と「イカン」のあいだには「文字では書きあらわせないニュアンスの差がある」と書く。それをあえて説明すると、アカンにあるのは甘えで、イカンには意地があるといえるかもしれない。前者は男女を問わずおばちゃん的であり、後者はおっさん臭いのである。

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広辞苑に「秋の心」という項目がある。秋のあわれを感じ、淋しく悲しく思う心、だそうだ。他の季節にも心があるのかと調べてみると、冬と夏にはなくて春にはある。その説明はのんびりしていたり恋する気持だったりした。こういう紋切り型の季節感も、今では失われつつあるものの一つだ。

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息子を叱りつけていて、時々当惑する。「おまえはほんとに悪い子だ」といいながら、この子はほんとに悪い子なのだろうかという疑念がよぎるのだ。息子はただおもちゃを片付けなかっただけじゃないか。道徳的に頼りない父親は、育児には法律という権威のないことが、どうも不安なのだ。

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あくび

広辞苑で「あくび形」という言葉を見つけた。節と節との間を長方形にくり抜き、人があくびをした形にした竹の花器なのだそうだ。この記述を読んでいて、上海を旅したとき、その町の女性たちが大口をあけて、堂々とあくびをしている光景を何度も見かけたのを、不意に思い出した。

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朝寝はいい気持のものだが、早起きするのもなかなか気持がいい。いくらでも朝寝ができるのだという状況のもとで、わざと早起きするというのは、もっと気持がいいかもしれない。ちなみに朝寝は春の季語である。「物の芽のほぐれほぐるる朝寝かな」(松本たかし)

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最近歩くのに凝っている。先日は30キロくらい歩いた。足の裏にマメができて、随分痛い思いをした。つい百年ばかり前なら、これくらいの距離はあたりまえだったはずなのに。足をひきずりながら悲観的になった。人類は、急速に二足歩行する動物とはいえなくなってきているのではないか。

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パスカルは「人間は考える葦だ」という。葦のようにか弱い存在ながら、考えることのできる葦であり、そこが実に偉いじゃないかというわけである。もっともこの植物は、ギリシャ神話では無分別や無思慮の象徴である。まあ大概の場合、人間は無分別に考える葦だといえるのかもしれない。

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明日

未来という意味で語られることもある。その場合には、往々にして輝く明日を築くといった具合に妙に意気込んだ感じになる。まあそういう風にして戦後の日本はやってきたわけだが。「明日という字は明るい日と書くのね」という歌詞の暗い歌が、確か70年代の初めにはやったことがある。

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遊び

あらゆる行為は遊びに還元できるとヨハン・ホイジンガはいう。楽しそうな説だが、人間は馬鹿なのでその遊びを苦しい仕事に変更するのだともホイジンガはいうのだ。そういえば楽しく遊ぶ子供がやがて悲しく仕事をする大人になるというのは、ホイジンガの説の身近な例なのかもしれない。

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暖か

一人のお婆さんが路上で知人と話している。「朝起きて寒かったら、悲しゅうなりますの」谷崎潤一郎は晩年の随筆で自身の寒さの恐怖について触れている。老いの寒さは、死を連想にさせるというのだ。それを読んだとき、あの老婆は本当に寒さが悲しかったのだなと思った。暖かなのは何よりだ。

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老人の寒さの恐怖について触れたエッセイで、谷崎潤一郎は、年を取ると頭がとくに冷えてくるのだといっている。なんだかすごくリアリティがある気がした。眠っていて頭が冷えているのに気づくと、慌ててナイトキャップをかぶるのだ、と谷崎は書いている。寒い頭は老いの兆しである。

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アダム

最初の男。最初の女イヴは彼の肋骨からつくられた。この肋骨娘はアダムより積極的だった。蛇の誘惑を受け入れ、知恵の実を最初に食べたのは彼女だからである。アダムのほうは、イブにすすめられるまで、ぼんやり待っていた。たしかにアダムは、男性の祖先にふさわしいように思える。

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アダルト

大人、成人という意味でこの言葉自体は、とくにやらしいわけではないが、何となくやらしい感じがする。アダルト・ビデオの影響だろうか。あるいは大人という存在自体がやらしいからだろうか。アダルトな存在。やっぱりやらしいな。

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熱々

「あつあつ」という言葉で思いつくのは、最近は鍋かうどんで(あるいはそれを一緒くたにした鍋やきうどんというずぼらな食べ物も、かなりよい)、男女の仲というのはとっさには思い浮かばなくなった。そんなふうに冷やかす相手もだんだん少なくなって、仕方なしに熱々のうどんをずるずるとすするのである。

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熱燗

歳時記を繰るまでもなく「熱燗」は冬の季語である。「温め酒」というのが秋の季語で、重陽の日(陰暦9月9日)に温めた酒を飲むと病気にならないという伝承からきている。この日から段々に酒を温かくしていって、やがて熱燗となるのである。「熱燗や性相反し相許し」(景山筍吉)

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後知恵

ギリシャ神話で人類に火(=文明)を与えた巨人プロメテウスにはエピメテウスという弟がいて、「先見の明」という意味の兄の名に対し、しくじってから後で気がつく「後知恵」という意味の名をもつ。兄から文明をプレゼントされた人類は、むしろ弟のほうに親しみを感じているようだ。

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アナクロニズム

時代に逆行することを主に指すようだが、未来と錯誤しても、それはアナクロだろう。そして資本主義社会は元々未来のアナクロに陥りがちなのだ。つまり投資は未来の利得への期待によって生じるからだ。未来のアナクロは根拠のない楽天性、多幸症、つまり躁病的にあらわれる。

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あほ

「アホオではなく、アホと短く発音するところに大阪弁の特徴がある。」大阪ことば事典のこの書きぶりは何だかちょっと得意そうだ。何といってもアホの本場なのだという誇りが感じられる。漢字の表記は「阿呆」である。広辞苑は「阿房」を優先させている。この表記では、少し賢そうに見える。

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甘い

ある文化人類学者が、甘みは最も基本的で原始的な味覚なのかもしれないといっていた。子供の頃には誰でも甘いものが好きなのは、その証拠なのだろう。上海のホテルで食べたレモンパイはミもフタもなく甘くて閉口したが、とはいえその露骨な甘みに、幼年期の味覚が甦った気が多少した。

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甘え

フランシス・ジャムという名前からして甘ったるいフランスの詩人は、病気になったら、南の島にいってハンモックに揺られ、美しい女性に看護してもらいたい、というふうな甘えたことをいっている。自律した個人の人からなんといわれようと、私は、ジャムのこの希望に心から賛同する。

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天下り

一連のゼネコン疑獄騒ぎのなかで「天の声」という言葉がしきりに聞かれた。行政機関を天にたとえるのは「天下り」からの伝統だろう。ところで『現代用語の基礎知識』で天下りを調べてみると、その英訳が載っていて、天下りの「天」はヘブン、つまり天国の「天」なのだった。

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アマチュア

ほとんど死語。今ではアマチュアはプロ予備軍か、そうでなければただの素人である。資本主義が高度化するに従い、あらゆる行為は専門職業化され、あらゆる技能は商品化される。ところで広辞苑では「アマチュアリズム」のつぎは「あまちょろい」という項目になっている。

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天邪鬼

わざと人と違うことをしたり人の邪魔をしたりするのは、結局人にかまってもらいたいからで、小学生が好きな女の子に辛くあたるというのは、基本的なモデルだろう。この天邪鬼の心理は大人になってなくなるというものでは全くない。むしろより屈折し、一層意地悪な形で蓄積してゆく。

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編物

編物は、おにぎりを握るのと同じく女性の聖域ではないかと思える。女性が編物をしているその手つき、気怠いような顔つき、ゆったりと流れる時間。晩秋で、夜で、紅茶をいれて。公園の日溜まりで、お婆さんが編物している姿もいいものだ。「膝元や少しころがり毛糸玉」(楠目橙黄子)

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生命誕生以前の原始の地球に雨は延々と降り注いだ。ノアの洪水の際には、雨は40日降り続いたというが、地球最初の雨期はそれ以上だった。この原始の雨が地球を水の惑星にしたのだ。映画『ブレード・ランナー』では、不気味な酸性雨が絶え間なく降り続いていたのを印象的に思い出す。

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怪しい

広辞苑には「不思議なものに対して、心をひかれ、思わず感嘆の声を立てたい気持をいうのが原義。」とある。「心をひかれ」というとこがポイントだな。不思議なものでも何とも思わなければ怪しくならない。無視された幽霊は怪しくないわけだ。つまり当然のことながら「怪しい」は人の心のうちにある。

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年魚ともいう。一年のうちに生まれて死ぬからだ。季節ごとに異なった成長の段階にあることが、この日本独特の魚に特殊な風情を与えているようだ。だが何といっても旨くて、辻嘉一氏は、焼きたての熱々を、なりふりかまわずむしゃぶりつくべしといっている。花より鮎の塩焼きなのである。

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在る

同じ空間に二つの物質はあることができない。だから私がここにある場合、あなたはここにあることができない。あなたがここにありたいと思うなら、私をここにあることができなくするしかない。説得するか、だまくらかすか、買収するか、ぶっとばすかして。つまりそれが政治である。

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歩き神

広辞苑をパラパラやっていて、たまたま見つけた。「人をそぞろ歩きや旅に誘い出す神」とあって、たちまち親しみを感じた。典拠には『梁塵秘抄』が掲げられていて、曰く「足の裏なる歩き神」。このとぼけた神さまは足の裏に宿るというわけなのだろうか。

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アルカディア

同じ理想郷でもユートピアとの違いは、つぎのようではないかと考えている。アルカディアが自然の楽園だとしたら、ユートピアは文明の楽園なのだ。アルカディアは過去にあり、ユートピアは未来にある。ユートピアは、現代でも例えばディズニーランドのような形で実現している。

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アルコール

古風なバーでバーテンダーと上品に会話しながら静かにグラスを傾けたいのだが、それができない。いける口なのに、すぐ顔に出てしまうからだ。脂の浮いた顔は真っ赤に膨張し、こめかみに血管が浮き出て、目はギンギンに充血している。酔っちゃいないんだがな、フフ、まいったぜ。

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アルバイト

学生時代、アルバイトを殆どやらなかった。働くのが嫌いだったからだ。働くなんて卒業してから、嫌というほどできると考えていた。それで卒業してから30年近くになるが、結局嫌というほど働いたことはない。それはそれで何とかやっていけるものだ、と、近頃都合のいいことを考え始めている。

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アルバム

20数年ぶりに中学校の同窓会をした。無残に年を食った男と若作りの女がいた。前の同窓会は、独身のほうが多いくらいみんな若くて、中学生のころより色気づいていたくらいだったのに。離婚した夫と妻の、そのどちらもが 出席していた。一番美人だった女の子は来なかった。不幸な暮らしをしているらしいとだれかがいっていた。その娘が素敵に微笑んでいる中学校の卒業アルバムは、どこかになくしてしまった。

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安逸

古い公園にいった。整備が行き届いていないが、割と好き場所なのだ。週日なのでひっそりしている。子供と若い母親、年金ぐらしの孤独な老人、眼の前の高層ビルはオープンしたばかりのホテルだ。この不況下の開業は大変だろうな。セキレイが二羽、尾を振りながら餌をついばんでいる。

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安定

安心、安全、安逸、安楽と、安のつく言葉が好きだ。色合いは異なるが、安易、安直といった言葉も嫌いではない。ただ安定という言葉だけは、あまり好きになれない。ほかの安言葉(と勝手に命名)と違って軽みに欠けるからだろうか。不安定な自らを省みて、憎たらしくなるからだろうか。

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安眠

睡眠は性欲や食欲と並んで人間の基本的な快楽の一つだ。ただ他の二つは気持良さがはっきりとわかるのに比べて、睡眠の場合、その快楽を直接味わえない。なぜなら、その時は眠っているからだ。あるいは睡眠の快楽は、我を忘れるほど深いのだともいえるかもしれない。おやすみなさい。

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