『吾輩は猫である』の苦沙弥先生は胃弱だ。だから皮膚が淡黄色で弾力がないなどと猫に批評されたりしている。そのくせ大飯を食う。一時タカジアスターゼを服用していたが止めてしまった。それで気紛れだと細君になじられている。胃というのはユーモラスな臓器だ。形からして憎めない。

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「家々が邪魔で町が見えぬ」パリの印象を聞かれた田舎者がそう答えたという故事からきたフランスのことわざで、些事にこだわって大局を見ないという意味だそうだ。ところで山を切り開いて開発した日本の新しい町を眺めていると、逆の印象を抱く。つまり「町が邪魔で家々が見えない」。

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家苞

「いえつと」と読む。万葉集にも出ている古い言葉で、家に持って帰る土産のこと。絵に描いたような日本の酔っぱらいは(たとえば千鳥足の磯野波平氏の姿が目に浮かぶが)、なぜか必ず手にすし折りを下げている。その酔っぱらいのすし折りが、すなわち家苞である。

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家出

家出が「人間蒸発」という言葉で語られたのは、高度経済成長期の絶頂時だった。景気高揚の暗い裏面だったが、そのころすでにあったワイドショーは、この深刻な問題を、ある意味で喜劇的に処理した。失踪した妻に呼びかける情けない夫といたいけな子供を興味本位で写し出して、思った通り、その哀しくも滑稽な場面は、パロディストの餌食になったのである。

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草や木で作った粗末な家。わびさびを解する隠遁者が住んだ。わが家の近くの公園のベンチにも庵があって、それは段ボールで作られていた。だが昨年末にそこに住んでいた世捨て人の姿は見えなくなって、段ボール製の庵も撤去されたのだった。行政にはわびさびがわからなかったのである。

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いがいが

赤ん坊の泣き声の擬声語だという。「いかいか」ともいう、と広辞苑は真面目な顔で書いている。どっちにも聞こえるかい、と思わず字引にツッコミをいれたくなるが、昔の人にはたしかにそう聞こえたのだろう。「けんけん」という言葉もあって、これは犬の鳴き声だそうである。

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いかもの

まがいものという意味で、大阪ではバッタもんという。いかもの食いという言葉もあって、こちらはゲテモノ食いの意味で、バッタもん食いとはいわない。ところで昔は貴重な蛋白源としてイナゴを食べた。その場合はバッタもん食いといえるわけだ。べつに無理にいう必要はないが。

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遺憾

思い通りにいかなくて心残りだ、残念だとかいう意味だと広辞苑には書いてある。だから、女にふられてやけ酒をあおり、涙をこぼして「遺憾だ」といってもいいわけだが、それが空々しいのは、もっぱらこの言葉が政治家の業界用語になってしまっているからだ。遺憾なことである。

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子供の頃、寒い朝に吐く息が白いのを見ると寒いのを忘れてなんだか嬉しかった。呼吸が視覚化されることで、大げさにいえば生きる喜びを感じたからかもしれない。実直な勤め人も美人の高校生も、今朝はみんな白い息を吐いているのだ。「白き息はきつつこちら振返る」(中村草田男)。

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粋は、日本人に特有の美意識だと九鬼周三は言った。例えばそれは快楽と禁欲の微妙なバランスの上に立っている。粋は自覚的でなければならないが、それをひけらかすと(粋がる)、たちまち野暮に転落する。もちろん、こういう微妙繊細な文化は、戦後民主主義の下では絶滅するほかなかった。

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生き甲斐

久しぶりに出た中学の同窓会で嫌な思いをした。誰かが、この中で年収が一番多いのはだれだろうといい出したからだ。嫌な思いをしたのは、筆者の年収が一番少なそうだったからだが、同時に金が生きる基準になっているということを、こういう無邪気な会合でも思い知らされたからだ。

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意気消沈

この反対語は「意気軒昂」である。どちらを項目にとりあげてもよかったのだが、元気のないこちらのほうを選んだのは、筆者の人柄だと思っていただきたい。意気軒昂なのもよいが、あの人たちは往々にしてやかましい。「湯豆腐に楽しき話ばかりならず」(塗師康弘)。

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いぎたない

若者はよく眠ることを「爆睡する」と言うらしい。無気力そうに見えるが、睡眠に関しては、なかなか豪快だ。昔は「いぎたなく」眠った。こちらもよく眠るという意味だ。爆睡はぐっすり眠ってすっきり起きるという感じだが、いぎたないの場合はいつまでもぐずぐず寝ているという印象になる。

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イグアノドン

白亜紀にいた恐竜。体調十メートルで草食。想像図を見ると同時代のティラノサウルスに比べていかにもださい。前脚の親指が爪になっていて指圧の浪越徳次郎みたいな手つきをしているのだ。この扱いにくそうな武器で無駄な抵抗をしながら、Tレックスに食われていったのだろう。

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イグルー

エスキモーの冬の住居。氷を固めてドーム状に積み上げたもの。秋田のかまくらを連想させて、いかにも楽しそうだ。楽しそうというのは、厳しい自然の中にいるエスキモーに対して不謹慎かもしれないが、このつつましい氷の住まいは、安全な巣という原始の家の記憶を刺激するのだ。

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いけいけ

どこにでも進出する積極的な女性というのが元々の意味らしいが、筆者の方面にはなかなか進出してこない。『現代用語の基礎知識』の92年版から登場している所から察すると、いわゆるバブルの中期から後期にかけて発生したようだ。因みにバブルは86年12月から91年4月まで。

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憩い

何となくほっとする言葉だ。要するに休憩のことなのだが、こういったほうが事務的な感じがしない。昔この名前をもつタバコがあった。たぶん高度経済成長の完成期あたりにその銘柄は消えていったのではないか。「マイルドセブンライト」などというくどい名前よりもずっといいのに。

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居酒屋

店先で酒を飲ませる酒屋も居酒屋というのだそうだ(あるいは居酒屋のもともとは、むしろそちらのほうだったのかもしれない)。そういえば、最近酒屋の店先で飲んでいる人が増えたようだ。不況のせいかもしれないが、狭い店先で肩寄せ合いながら、飲んでいるおっさんたち(幸いなことにギャルは進出していない)の姿はなんとなくいじらしいのである。

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いざなぎ景気

戦後最長の好景気。65年11月から70年7月までの57カ月続いた。いざなぎというのは国生みの神様の名前で、つまり日本誕生以来の好景気という意味。先頃のバブル景気も4カ月及ばない。経企庁長官がなんといおうと、膠着した不況からなかなか抜け出せずにいる折りから、まさに神話のような話だという感じがしきりにする。

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宮本常一の『家郷の訓』の中に、石投げする子供の印象的な記述が出ている。春から夏へかけての夕方、島影がそのまま落ちている静かな海、何人もの子供が黙って石を投げ、美しい波紋が幾重にも広がる。比較するのは馬鹿げているが、子供の遊戯としてはプレステ2よりは、優雅なものだと思える。

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異常気象

異常気象というのは人間の都合でいっているだけで、気象そのものには異常も正常もない。ただ異常気象に人間が手を貸している可能性がある場合には、寒さの夏におろおろ歩く以上の対策を立てなければならない。夏にエアコンのスイッチを切ってみるのも、小さな一歩かもしれない。

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伊勢

大阪の小学生は、ほとんどの場合、修学旅行に伊勢に行く。伊勢参りが制度化しているのだ。子供たちは伊勢神宮に詣で、二見が浦の夫婦岩の前で記念写真を撮り、土産に赤福餅と生姜糖とペナントと木刀を買って帰る。筆者も三十年近く前にそうしたし、筆者の息子もそうすることだろう。

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居候

昔はこういう悠長な種族がいたのだ。人なつっこい彼らは、親類か、時には赤の他人の家に住みつき、家賃を払わないばかりか、只飯を食らってさえいたのだ。もっとも「居候三杯目にはそっと出し」というくらいで、少しは遠慮していたのだろうが。核家族の時代に至り、あっさり絶滅。

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イソップ

ウサギと亀の寓話でいえば、筆者は双方の動物に共感を覚える。つまり亀の場合は、そののろまなところに、ウサギには怠けて昼寝をするところに。この新解釈の寓話の教訓は、競争なんかする奴は強迫神経症だということである。負け惜しみだといわれれば、それはその通りなのだが。

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イチジク

知恵の実を食べたアダムとイヴは自分たちが余りにも裸であることに気づいた。そこでイヴはイチジクの葉を編んで自分とアダムの腰を隠した。イチジクの葉は罪の印であると共に文明の起源である。人類はイチジクの葉以来、絶え間なく文明を編み続け、今や途方もない厚着をしている。

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一六銀行

質屋のこと。昔の小説家の書いたものを読むと、こんな品物と思うようなものまで質にいれたり流したりしている。質屋の店員に変に見込まれて、幾らか多目に貸してもらったなどということもあったらしい。一六銀行は、本物の銀行と違って、融通がきいてのどかだったようである。

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一生

茶会の心得に一期一会という言葉があって、一生に一度きりということらしい。もっとも一生に一度きりなのは茶会に限らず、人生の全ての機会がそうなのだ。人生は非可逆的であり、絶対にあの日には戻れない。だからスナップ写真は楽しそうであればあるほど、それを眺めると切なくなる。

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一帳羅

自分の持っている衣類で一番上等のもの。晴着。ハレの意義がぼやけてきている現代では、一帳羅も影が薄くなっている。またD・リースマンは、現代人は気取っていると他人に見られるのがいやなので、一帳羅を着るのを避ける傾向があると分析している。大阪ではイッチョライといった。

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銀杏

御堂筋の銀杏は秋には色づき恋人達の素敵な散歩道になる。所でこの裸子植物は大変古くから生えており恐竜時代よりも古い。だから人間の恋人達みたいに、かつてはイグアノドンのカップルも銀杏の下を歩いたかもしれない。尤もこの鈍そうな怪物の場合は葉や実を食べるためだったろうが。

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イデオロギー

歴史的社会的に制約された考え方、ということはつまり世間体ということである。例えば「失業」はイデオロギーである。つまりそれは、経済的に困るという実際上の問題よりも、いっそう世間体が悪いから困るのだ。同様に塾や、学歴や、いっそ学校でさえもイデオロギーである。

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遺伝子

遺伝子のやることは人間にはどうしようもない。それは、ある意味で清々しいことなのだが、人間はどうしようもないものをどうかしたいとも思うのだ。そこで遺伝子の謎は解かれることになるだろう。その後遺伝子に手を入れることが、世知辛くもスケジュールに乗ることになるだろう。

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近所の河原に散歩にゆくと犬を連れた老若男女にしばしば出会う。犬と人との麗しい友情は三万年も昔に逆上れるらしい。犬を飼った経験のない筆者には、犬の示す本物の忠誠と飼主の愛着は想像の中にしかないが、ただ河原に寝転がりたい人間としていえば、お願いだから大便の始末をしていってほしいと思う。

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色悪

「いろあく」と読む。歌舞伎のキャラクターの一つで、表面は二枚目なのに実は悪という複雑なタイプ。人格の分裂を示唆している点で現代的ともいえる。例えば最近の漫画やテレビドラマで幅を聞かせているのも専らこの色悪である。更に色悪に変態性欲を加味したものも登場してきている。

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広辞苑に、弱しの転か、とある。弱き者、汝の名はいわし、というわけだ。そのせいか、この種族のなかには涙ぐんでいるのもいる。ウルメイワシがそれで、干物にするとおいしいこの鰯は、いつも目が潤んでいるところからその名がついたのだ。「血ばしれる目かなしき鰯かな」(岡田耿陽)。

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岩波文庫

書店にて。岩波文庫の棚のほうから初老の夫婦の会話が聞こえてきた。夫人が、何か一冊手にとって「懐かしいわ」と言っている。筆者は好奇心を覚えたが、その書目を覗き見する誘惑は辛うじて押さえた。たしかに岩波文庫には、依然として文庫の郷愁が残されているようだ。

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インキン

広辞苑によれば、田虫までつけて陰金田虫ときっちりいうのが正式。もっともこれも俗称で、ほんとうの名前は「頑癬」という(ガンセンと読む)。頑癬の頑は「頑固」とか「頑張ってます」の頑で、インキンという軽やかな言い方より、あのしぶといかゆさをよくあらわしているようだ。

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陰謀

友人に陰謀の大好きな男がいる。勿論大それたものではない。むしろピンはねの一種だ。例えば新年会の幹事を買って出て、自分の会費分を浮かせて、只飲みするといったふうなことだ。この健気な陰謀を大抵の者は見過ごしているが、時には鋭く難詰するものもいて、世の中は様々なのだ。

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陰毛

男の子は母親にペニスがないのを見るとショックを受けるとフロイトは言う。きっとちょん切られたに違いないと思うのだ。そこでペニスがないことを否定したくて、その直前の状態に固着する。ヘア・ヌード写真にさかんに年増女が起用されるのは、どうやらおふくろの陰毛に関係があるようだ。

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