「われはさまよう、ただひとり犀のごとくに」。ニーチェの好きな言葉で、仏歌の一節だという。犀は孤独な動物だといわれている。堅い皮膚、印象的な角、巨大な体躯に比してこの東洋的動物の目はやさしく、また悲しげだ。昔息子を連れて行った動物園で、この異形の生き物が放尿しているところを見た。長く孤独な小便だった。

△TOP

才気煥発

ラ・ロシュフーコーはいう。「能を隠す術を心得ることこそ大いなる能である」。たしかに才気煥発な人は、能を見せびらかそうする強い傾向があるようだ。そこで公爵は更にいう。「少ない口数で多くを理解させるのが大才の特質なら、小才は逆に多弁を弄して何ひとつ語らない天分を供えている」。

△TOP

歳月

冷房のきいた喫茶店で、私と野球部のエースだった友人は黙った。中学時代にはクラス一の秀才で、今は小指のない昔の同級生の来し方に思いを馳せていたのだ。TVは高校野球を写している。友人は、右手で左肩をもむしぐさをたえずしていた。高校時代に痛めた肩に冷房のききすぎは依然としてよくないらしい。

△TOP

座椅子

私は非常に座り心地のよい座椅子をもっている。十年近く前、通販で買った。シーマという商品名がついていた。コスト・カッター以前に景気のよかった日産が出した高級車と同じ名前だ。部屋の半分ほども占領する馬鹿でかい奴だ。私は、そこに半ばねそべって本を読む。またテレビを見たり、時々居眠りしたりする。それに座っていて私は非常に幸福だが、幸福な座椅子の私を見て、なぜだか妻はいらいらするらしい。

△TOP

再生

ラジカセにテープを入れて再生ボタンを押したら、思いがけずにかん高い子供の声が聞こえてきた。どこで紛れ込んだのか、今は成人した甥の幼い頃の声だった。はしゃいでいるその声を聞いていると、とても切ない気持になってきた。人生に再生はないことを、思い知らされたのである。

△TOP

才蔵

「人の言葉に調子を合せて巧みにあいづちを打つ者をいやしめていう語」と広辞苑にある。以前見つけた軽薄な浮かれ者の浮助や、下卑た兄弟の下卑助、下卑蔵の仲間に、このC調な才蔵もいれてやることにしよう。モリエール風の性格喜劇ができるかもしれない。才蔵は、多分やせた小男出はないかと思う。

△TOP

サイダー

去年の夏、歩いていた時のこと。夕方、一軒の町工場。通路に卓子と椅子を置き仮の応接間といった格好にしてある。客がいて、工場主はランニングシャツにステテコ姿、たった今仕事が終ったばかりなのだろう。扇風機が回り、卓子の上には安物のガラスのコップにサイダーが満たされている。絶え間なくあぶくが立ち上り、それがちょっとしたオアシスに見えたのだ。獅子文六は、かつての日本人は、都会でも田舎でも、じつによくサイダーを飲んだと『サイダー談義』という随筆のなかで書いている。それが戦後、ジュースにおされて落ち目になったのである。「もっとも、サイダーもラムネというものの王座を、奪ったのだから、栄枯盛衰は当然かも知れない」この洒脱な作家はそんなふうにもいっている。獅子文六自身は、酒好きなのでサイダーに興味はなかったが、二日酔いのときにはサイダーを飲んだそうだ。そういうわけで、家には、サイダーは常備されていたのである。だが「胃潰瘍手術と、年齢のせいで」二日酔いをするほどのめなくなり、サイダーを飲みたくなるのも、年に一、二回に過ぎなくなったと、ややしょんぼりと書くのである。「サイダーやしじに泡立つ薄みどり」(日野草城)。

△TOP

最低

最高と思うより最低だと呟くことの方が圧倒的に多い。ユダヤ人的なタイプだろうか。この歴史的いじめられっ子には「シュレミール」という人間類型があって、宮本陽吉氏の『アメリカ最終出口』という本でこう説明されていた。「一つの状況を、考えうる最悪の方法で処理したり、多かれ少なかれ彼の無能さのせいで災難にあう」。最低だ。

△TOP

災難

家が水に浸かるのも災難なら、泥棒にはいられるのも女房に逃げられるのも戦争も交通事故も災難である。災難に特徴的なのは、それに対してつねに受身なところだろう。生まれたこと自体が一種の災難だとも、ひょっとしたらいえるのかもしれない。

△TOP

サイレン

「彼が、覚醒剤の密売で捕まったんは知ってる」私はいった。四、五年前、新聞に載っていた。捕まえにきた警官と大立ち回りをしたと書いてあった。それを読んだときははっとしたが、同姓同名の別人だろうと思いなおしたのだ。だが警官と格闘したのは、やはり昔の秀才本人だったのだ。サイレンの音が遠くから聞こえてきた。喫茶店で怠惰に話す自分とは縁のない音なのに、私はなんだか胸騒ぎがしてくる。

△TOP

サウスポー

投手は何といっても左でなければ、と思う。少年野球でさえ左投手は格好がいい。右投手に比べて腕が出てくるのが遅いのだ。そして恐らく左利きの人間は、性格的にも投手向きなのに違いない。偏屈で一徹で負けん気なのである。最近の気のいいわがタイガースの左投手は、普段はきっと右利きなのだろうと思う。

△TOP

サーカス

サーカスというのは断然子供が見るべきものだと思う。子供は、大人が時にわびしさを見るところに、華麗さや刺激や異形を見る。三島由紀夫に『サーカス』という短編がある。この理知的な作家がつくりものとしての短編に描き出すのは、勿論子供の見るグロテスクなサーカスである。

△TOP

さかむけ

全治何日というほど大げさなものではない。それでも確かに何日間かはさかむけているようだ。殆どの場合、いつどこでどうしてさかむけたのかわからない。大丈夫かと思ってむくと、相当痛い思いをすることもある。大抵知らぬ間に治っている。治ったことすら意識しない場合が多い。

△TOP

冬の市営プールに一羽のアオサギがじっとたたずんでいる。なんとなくサミュエル・ベケットを連想させる風貌で、難解な芝居の構想でも練っていそうな風情だが、もちろんそんなことはありえない。小春日和に暖められてうとうとしているのだろう。ほかには枯葉が浮かんでいるだけだ。

△TOP

詐欺

ラ・ブリュイエールはかくいう。「あなたは彼を欺したと思っておられる。だが、ただ欺されたふりをしているのだとしたら、あなたと彼と、どっちが多く欺されているのかしら?」。男女の関係にも政治のかけ引きに通用する。また罪のない場合もあれば、非常に深刻な場合にも適合する。。

△TOP

桜は平均気温10度で咲き始め、桜だよりは、全国の基準地域が採取したソメイヨシノの蕾の重量と平均気温で決められる。梶井基次郎は、桜の樹の下には死体が埋まっていると不吉なことをいった。私はもっと表面的に桜を眺める。満開の桜並木の下を歩いていると、なかなか豊富な気持になる。

△TOP

「犬が寒風を除けて日向ぼっこをしているのを見ると、酒を飲んでいるときの境地というものに就て考えさせられる」。吉田健一はいう。そういうふうにぼんやりした気持が酒を飲むのに適しているというわけだ。犬が日向ぼっこするみたいに酒が飲めれば、それがつまり幸福というものではなかろうか。

△TOP

「鮭の味は凡て皮と皮の下の所に集まっている」。最上川で取れ立ての鮭を素焼きにしたのを、生姜と大根おろしで食べながら、食いしん坊の吉田健一はそう書いた。コンビニのしゃけ弁のしゃけとは大分違った味がするんだろうということだけは、何となく分かる。

△TOP

雑魚

「雑魚の魚(とと)まじり」という言葉がある。「大物の中に小物が分不相応に入りまじること」と広辞苑は説明している。なかなか意地悪な悲しい言葉である。おそらく「魚」にまじっている雑魚は、自分もみんなと同じく大物で、まさか雑魚だとは思っても見ないので、そこがじつに悲しいわけである。

△TOP

鎖骨

鎖骨というのは、いざという時には折れるように出来ているらしい。鎖骨が折れてくれるのて肋骨や他の大事なものが救われるのだという。そういう健気な機能と、女性の浮き出たはかなげな細い鎖骨は何か関係があるのだろうか。ときには鎖骨が、分の厚い肉に被覆されてしまっているというゆかしからざる場合も、ままあるわけだが。

△TOP

刺身

発泡スチロールの皿に乗った鮪とイカの刺身。千切り大根は鮪の血で赤く染まっている。ビニールでつくったまがいの菊の花とチューブ入りのわさびが添えてある。単身赴任の彼はそれを買い、酒を電子レンジで燗をする。ニュースステーションを見ながら酒を飲み、刺身を食べる。情けないけど、これが旨いのだ。

△TOP

座睡

「ざすい」と読む。座って睡るのだからつまり居眠りのことだが、「いや、つい座睡してしまいまして」などというと、居眠りのくせになんだか洒脱だ。もっとも大口をあけ、いびきをかき、よだれを垂らしているのは、すでに座睡の域を逸脱しているといえよう。そりゃあんた、熟睡である。わが妻がいらいらするのももっともかもしれない。

△TOP

サッカー

戦争で打ち負かした敵の首領の首を蹴ったのが起源だといわれる。この野蛮な競技を私は、中高時代、体育で僅かに経験しただけだ。強く記憶に残っているのは自殺点を蹴り込んだことだ。自分でわかっていてどうしようもなかった。人生は自殺点だと思うことが、やるせないことにその後再々ある。

△TOP

雑食

人間の雑食性は、偏食する動物よりも生存に有利に働いただけでなく、実験精神をも育んだとルイス・マンフォードはいっている。その何でも食べてみる実験精神は、やがて進歩して料理法を生み出すことになった。グルメはその頂点にあり、だから彼は、原始人と同じく悪食をいとわない。

△TOP

サディズム

被虐趣味と自虐趣味では、後者のほうが大人っぽいのではないかと私なんかは思う。というのはサドもマゾも表裏だが、裏返っているだけマゾには曲があるように思えるのである。サドの内面化がマゾであり、いってみればマゾはサディズムの反省である。サドは反省がないのですぐに逆上する。子供がすぐに逆上するように。

△TOP

サーフィン

サーフィン程私に縁のないものはない。やっている知人もいなければ、そのスポーツにまつわる風俗や文化の如何も知らない。それで大きな波乗り板をもった髪の赤い、色の黒い若者を町で見かけると、なぜだか気遅れを感じてしまう。「浪のりは鋭き口笛をならしけり」(横山白虹)。

△TOP

佐平次

出しゃばりとかさしで口をきく人のことだそうである。広辞苑で見つけた人名録の一だ。また佐平次氏はおべんちゃらをいう人でもあって、才蔵氏に似ているところもある。ほかに「大馬鹿三太郎」という人もいる。この三太郎氏は、大変気の毒だけれども、そのまんまの大馬鹿者なのである。

△TOP

寒い

寒いのは、さほど苦にならない。氷の張った朝もまたよしと白い息を吐きつつ思うくらいだ。もっとも老いると、寒さは死と直結していると思えるのだと、たしか谷崎潤一郎はいっていた。寒いのがよいといってられるのもあと僅かなのかもしれない。「たましひの抜けしとはこれ寒さかな」(久保田万太郎)。

△TOP

サモワール

ロシアの小説を読むとこの茶沸かしがしばしば出てくる。ロシア人のゆく所、サモワールと女房がついてくるといわれる程で、ロシア人とは切っても切り離せないものらしい。広辞苑の図版を見るとちょっと欲しくなる形をしている。今は多く電熱とあるが、炭を燃やす旧式のが欲しいと思った。

△TOP

左翼

左翼はどうやら絶滅寸前のようだ。たしかに日本共産党はある。あって立派に活動し、これからも立派に活動し続けるだろうが、私の感じる左翼のイメージとは大分違う。左翼はもっと着崩れて欲しいのだ。希望と虚無がない混ぜになっているような、それでやや焼け糞な感じがほしいのだ。

△TOP

サラ金

『昭和語』という本には、1967年の流行語だと出ている。高度経済成長時代の成熟期といったあたり。ほとんどの人がサラリーマン化するなかで、高利貸しがそう呼ばれるようになったのだろう。因みに同書によれば「サラ金地獄」が流行語となるのは1978年のことで、バブル通過後は、金融界の花形となった。

△TOP

「最も僕を憂欝にするもの。―― カアキイ色に塗った煙突。電車の通らない線路の錆び。屋上庭園の飼われている猿」。芥川龍之介は、昭和二年のある作にそう書いた。私の町の公園に忘れられたような猿山がある。訪れる人はそう多くないが、茫然とした感じで眺めている人が、時々いる。

△TOP

産業社会

産業社会というのは、つまり産業者が統治する社会のことで共産主義社会も資本主義社会も、共に産業社会だ。もちろんわれわれが現に住んでいるこの社会もそうで、しかもうまくいったほうの産業社会なのだ。産業者のエトスに即いた社会だから、基本的に野暮な社会であることはいうまでもない。

△TOP

残業

ガランとしたオフィス。キーボードを叩く音が響く。窓の外には都会の夜景。さっきコンビニで買った菓子パンをかじり、パックの牛乳を飲む。午後10時。もうこんな時間か。さああと少し、明日のプレゼンに間に合わさなければ……。幸か、不幸か、私は残業の実態を知らないので、ちょっといいなと思うのだ。

△TOP

三十才

永井荷風は、自身三十歳の年の『歓楽』という小説に、三十歳という年齢は、夏の末の日盛りに、緑のままおちる木の葉の聞こえない響だ、と書いた。三十歳近くにこれを読んで、私はどんなに心細い思いをしたろうか。そして31、2、3…‥と瞬く間に木の葉は散っていったのだ。

△TOP

山椒

北大路魯山人は山椒魚を捌いた時のことを書いている。頭に一撃食らわせ、腹を裂くと、途端に山椒の匂いがプーンとしたという。肉を切るにしたがって、その芳香は一層強くなり、家中に広がったそうだ。香りは煮ていくうちに段々消える。この珍しい食物は、信じられないけれども、なかなか美味なのだそうである。

△TOP

酸素

酸素が地球に誕生したのは光合成をおこなうラン藻類発生した35億年前だ。以来酸素は地球にたまり続け、4億年前にはほぼ現在と同量に達した。酸素ができる前の地球にも生命はあった。これら嫌気性の生命は、酸素のある地球環境に適せず絶滅した。つまり蓼食う虫も好き好きというわけである。

△TOP

サンタクロース

昔、我が家には煙出しが二本あった。風呂とへっついのものとだ。どちらも細い煙突で、無事サンタがはいれるだろうかと心配したものだ。プレゼントはへっついのほうに置いてあった。記憶に残るのは正月に履く下駄を貰ったことだ。サンタが下駄をもってくるだろうか、幼児の私はちょっと悩んだ。

△TOP

三等重役

1951年、源氏鶏太が週刊誌に連載した小説の標題。戦後追放された大物重役に替わって浮上したサラリーマン重役のことをそういった。戦後民主主義の一方の象徴でもあったわけだ。後に東宝で映画化された。高度経済成長時代の社長シリーズや植木等のスーパーサラリーマンにつながるものだろう。

△TOP

散髪

日本シリーズを見終えて日曜の夕方、散髪にゆく。先客は一人。ほとんど毛のない親父だ。巨人ファンらしい。清原を誉めている。AMラジオが流れる。『星に祈りを』。ディズニー漫画の『ピノキオ』で暖炉のコオロギがうたっていた歌だ。喉に剃刀をあてられ、だのに私は安心して眠くなる。

△TOP

三平汁

「塩鮭のぶつ切りに、ジャガイモ・大根などを加えた酒粕汁」と広辞苑。そういうわけで辞典を読んで涎をこぼすこともできるわけだ。「ぶつ切り」というところが旨そうなんだと思う。「大根など」の「など」にも想像力をかきたてられる。北海道の郷土料理。「粕汁や野の風遠くわたる音」(水原秋桜子)。

△TOP

Copyright(C) AsagahotoHatsuyuki sha,All rights reserved.
Powered by Movable Type4.27-ja