2008年3月アーカイブ

黙々と作業

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久々の怒濤の日々。と、見せかけているだけだが。
しかし、コンピュータの作業中にアクシデントがあって、データを吹き飛ばしてしまったのが週末だった。それ以来必死で修復している。作業は遅々として進まない。
約束では20日までに済ませておくという事だったが、データが吹っ飛んだと言うにはどうも自分でも嘘くさい言い訳に聞こえてしまう。
仕方ないので、今黙々と作業というわけだ。

風呂読書

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昨夜、湯船で本を読んでいてついウトウトしてしまい、本を取り落としてしまった。あわてて拾い上げたが、縁の部分が湯を吸ってしまってぶよぶよになった。
乾かせば読めるが本としては微妙にふくらんでしまっているので処分する事になるだろう。
だいたい、風呂場に本を持ち込む事自体が、本に対する冒涜だと本好きの家族は言う。しかし、長湯が好きな私は、湯船で読書というのは至福の時なのだ。湯船に持ち込む本は大事な高いハードカバー本という事はない。風呂本は活字の大きい文庫本と決めている。
湯船に取り落とすという事故は少ないにしても、風呂の湯気で本が湿気る事は認める。読み捨てても良いような雑誌なら惜しくもないのだから、本だって読み捨てて良いのだ、と言い切れないのではあるが。愛書家ではないので、本を粗末にしているのかもしれない。

欲望と建築

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欲望に関する本を読んでいるのだが、面白くないので読み飛ばしている。ハードカバーの500ページ近い本、タイトルは「巨大建築という欲望」。読むのに結構、体力が必要なのだがね。内容は権力者と巨大建築物の関係を考察した物だ。友人に建築家がいるので興味を持ったのだ。
権力者はその権力の象徴として、その力を可視化した物としての建築物を構想するのだと、まあ多分そういう事が書いてあるのだろう。でも面白くない、読解力がないのだろうと、言われると返す言葉がない。

欲望

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欲望に関する本を読んでいるのだが、面白くないので読み飛ばしている。ハードカバーの500ページ近い本、タイトルは「巨大建築という欲望」。読むのに結構、体力が必要なのだがね。内容は権力者と巨大建築物の関係を考察した物だ。友人に建築家がいるので興味を持ったのだ。
権力者はその権力の象徴として、その力を可視化した物としての建築物を構想するのだと、まあ多分そういう事が書いてあるのだろう。でも面白くない、読解力がないのだろうと、言われると返す言葉がない。

合わない

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なんてことだ、決算の数字が合わない。ここのところ必死である。

ストレス

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食後にテレビ番組を見ていた。くだらないお笑い番組だが、下らないところが興味深くてついつい見続けてしまった。こういうくだらなさはストレス解消になると思って見ていたのだが、見終わってくだらなさだけが残って、何でこんな物を見てしまったのだろうという後悔のストレスが溜まった。

労働だ

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知人の送別会だった。表向き我々のシステムから離れていく、という事だが、組織から離れて自由になるという事でもある。
彼は言っていた「金の為に働く事から離れられる事がこんなに自由だとは思わなかった」と。
私は労働と金銭の関係を、軽く見過ぎているのかもしれない。
しかし、世間においても、労働運動なんて知らない世代が多いからね。

春の陽気

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準備万端整えて会議に臨んだのだが、議論が入り口で堂々巡り、発言の場がなかった。気が抜けてしまって、午後は眠くて仕方がなかった。
目を開けたまま寝る。

走れメロス

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先日の飲み会で、同席になった4人が、偶然若い頃、長距離競技を経験したという共通点がある事がわかった。それで、マラソンとか駅伝の話題で盛り上がった。
それとは関係なく、私の中では、走れメロスとマラソンの起源の話がかぶっている。
ペロポネソス戦争でギリシャが勝って、その勝利を知らせに走ったと、しかし絶対ペロポネソス戦争ではないな。

B5ノート

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思い出せば、子供の頃からずっとノートはBサイズだったけど、ここ10年でほとんどののーとがAサイズに変わった。国際標準化の流れの一つなのだろう。しかし、どうもA系のサイズが慣れない、無駄に大きいのだ。
初めの頃は、単に慣れないための違和感だと思っていたのだが、どうも生理的な感覚のちがいなのだ。で、最近はB系ノートや変形サイズのノートを多く使う様になった。オフィス家具やバインダーはAサイズで揃っているのだが、個人のノートはそれにあわせる必要も無いしね。

さきのばし

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春独特のアンニュイな気分の日々である。
やらなければならない事を花粉のせいにしてさきのばししている。

喫茶店2

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30分ほど時間を潰さなければならないのだが、煙草を吸わなくなって喫茶店での時間をもてあますようになっている。
延々と話し続けてきたらしい、向こうの席のおばあちゃん達は帰り支度を始めた。
そうして、話題は誰が支払うかになっている。
「私が払う」「いや今度は私がはらう」と請求書の取り合いを始めた。
それで15分ほど経って、一番声の大きいリーダー格のおばあちゃんが「いつも出してもらってんだから、今日は私が払う」と言った。
どうやら、払う人が決まった様だ。
そうこうしているうちに、時間が経っていた。

喫茶店

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喫茶店というのは20世紀の文化なのだろうと思う。
今日待ち合わせの時間調整で入った喫茶店は、見た目、全て昭和の10年代の人たちだけだった。
私は30分の時間つぶしだったのだが、おばちゃん達は延々と話し続けていた。

花粉の季節

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春は曙で興奮の季節、いや花粉の季節、などとしょうもない地口を言わねばならぬほど花粉状況は最悪だ。3月に入ってからくしゃみが続いている。嫌な季節の始まり。

準備

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もう三月でしかも既に三日経っているのである。
時々くしゃみが出るのは、花粉が舞いだした証拠である。
あまりに寒くて、まとまった事ができなかった、今月は少しまともな事を考えようとしているのだが、それは今年に入って何もしてなかった事への言い訳なのである。
明日は少し早起きをしなければならない。朝一番で、会議があって、その準備で早出をするからである。会議の原稿は今から作る。間に合うだろうか、朝早いのに、うんざりだ。

見本は図書館で

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久々に図書館へ行った。今朝の新聞に載っていた書評に取り上げられていた本を借りた。
最近の書評でおもしろそうだと思って買った本は、はずれが多い。
そこで、まず図書館で借りて読んで、おもしろかったら買おうかというような事を考えてみたのだ。
二ヶ月ほど前に、久々に書評に取り上げられていておもしろい穂を読んだのだが、それは図書館で借りたのだ。なぜなら、4千円弱の本で、なんだかいきなり買うのが冒険の様な期がしたのだ。
結局、その本は読み出があって、手元に置いておきたかったので購入したのだが。
そういう事もあって、最近はいきなり買うと言う事は少なくなった。
もっとも、新書などは単価も安いので買う事が多いが、新書とは言え場所ふさぎなので気を付けなければいけないけど。

今日は何の日

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この日は4年に一度しかないのだな。
子供の頃、この日に生まれた人は4年に1度しか年を取らないので、すごく長生きをするという話を信じていた。それで、その日に生まれた人がすごくうらやましく感じた。
長生きをする事がうらやましいにではなくて、4年に1度の誕生日という希少性がうらやましかったのだ。
何事も割り切れる数字の方が良いと思っていた幼少の頃の私は、一年が365日という微妙に余りのある日数が赦せなかった。
どうして1年は360日じゃないのだ、おかしい、と感じていた。円の度数は360度なのだから、地球が太陽の回りを一周するのを360で割って、その1度を1日とすればあまりが出ないのに、と。
閏年の今日は何という日なのか。多分日本語には存在しないだろう。
単純に閏年の一日多い日なのだから、閏日でいいだろうと誰もが言いそうだ。
でも、変だろう、29日はいつでもある日だし。つまり、32日という日ならいつもより多い数字の日だから閏日と言っても良いだろうと思う。閏とは余ったという意味なのだから。
だいたい、
普段2月が28日しか無いというのがおかしいとは思う。他の月と違いすぎる。2月も他と同じように30日にしたほうがが良いんじゃないの。
足りない日は、8月から持ってくればいい。7月と8月は31日が続いているのだから。

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