2008年10月アーカイブ

失踪した男

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友人の部下が失踪したという話を聞いたが酒の上なのでどこまで本当かは分からない。
話の概略というのは、仕事の打ち上げ飲み会でさんざんはしゃいでいた男が次の日会社を休んだ。飲み過ぎて二日酔いなのだろうとタカを括っていたが一週間経っても来ない。家族に聞くと家にも帰っていない。一ヶ月経って、警察に捜索願を出したが行方は知れないのである。
嫁さんと子供を残して、二日酔いの頭でどこへ行ったのか、不思議な話だ。
金のトラブルもないようだし、女の話も聞かないという。やくざとトラブルを起こしてどこかへ埋められたのではなどという無責任な憶測を言うやつもいる。
何か事情があるに違いない、というか理由があってその意味を説明してくれないとどうも腑に落ちない話である。
しかも、この場合はもう一つ問題があって、残された家族の生活である。退職金や保険金が出るにしても、その相続が出来ないので使う事が出来ない。
失踪で死亡と見なされるには7年が必要だからだ。

いい男なんだが

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いい男なのだが、言う事が一々細かいのである。いい男というのは、そういうことには鷹揚であるという思い込みを覆してくれる。
こちらとしては、そんなに深く考えて資料を作っている訳ではない、というよりどうでもいい所は「ご存知の様に」的に適当にごまかすのだが、そのご存知について、根拠を問うてくる。
いいじゃないかそんな事、結論には影響ないと言いたいのをぐっと飲み込んで、よく知られた事実等を、言葉にして説明するのである。
時間の無駄の用でもあるし、認識の共有作業でもある。私としては時間の無駄だなと思う事が多いのだが、それほど忙しくないのでつきあっている。

個人的感想

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今日のランチミーティングの話題は、株価暴落と日本経済の行方が主なものであった。他にもいくつかあったが、つまらない話題だった。あ、まてよもう一つ個人的に興味を持った話題があったのだが、その説明を仕始めると面白くなくなるだろう。
私のセクションの話題も取り上げられたのだが、反応はほとんどなかった。
株価暴落に関する話題というのは、結論はそんなに面白い訳じゃない。結論と言うようなものまとめ役が、良いご意見をありがとうございました。参考になりました。と形式的に言うだけなのだが。
面白さというのは、参加者の意見の温度差を観察する所にある。株価暴落に関して言える事は、個人的な感想以外にないからだ。

無謀な会議

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先週末の出張の疲れが抜けないのである。特に土曜日は、日付が変わるまで起きていた。夜の会議に出て二時間かけて車で帰って来たのである。
全く無謀な会議の設定をしたものだ。会議自体はなんと言う事もないものだった。

読書

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風呂で本を取り落とした。湯につかって、読書中についうとうととなって、手から本が滑り落ちたのである。
読書中に眠くなるのも当然で、呼んでいたのはとある哲学書、哲学書と言っても文庫本だからポピュラーな哲学書であるが。
しかし、さすが哲学書、なかなか読み進めないのである。こちらの読解力の問題なのか、難しい論理展開なのかそれすら判然としないまま、ページだけは遅々として進まない。そこで、風呂にも持ち込んで読書時間を稼ごうという訳であったが、裏目に出た。
本の半分まで読み進んで来たが、ここで中断することになった。
面白くない本はいつも途中で読むのを辞める。そうしないと、時間の無駄になるからだが、哲学書だけは面白くないのか、理解できないだけなのか分からない事が多いので、無理してでも最後まで読もうと思う事が多いのである。
今回は、そういう自分の読書に対する考え方以前に物理的に中断したという事である。明日から、この本を読了できない為にたまっていた本を読み始める事になる。

グリーン車

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昨日、東京へ行く時、出発前に駅でチケットを買ったのだが、乗りたい列車には喫煙席しかなかった。仕方なくそれの乗ったのだが、ずっと禁煙を続けて来て分かったのは喫煙車両のタバコの臭さである。少し前までは同じ様に煙草を吸っていたのだが、感覚ってこんなに変わるものなのか。新幹線を降りて会議の場所へ行く間もずっとタバコのにおいが体に染み付いているようだった。
今日は、早い目にチケットを買っておこうと午前中に夕方の新幹線の予約を入れたのだが禁煙席はすでに売り切れだった。時間をずらしてもその状況は変わらない。金曜日の夕方は特に混むというのは分かっていたが、こんなに早く売り切れるとは読みが甘かった。来たときと同じ様に喫煙席で我慢するしかないか。
そうだ、グリーン車なら十分空いている。いつだったか出張慣れした友人と新幹線に乗った時、やはり混雑で席が取れなかったのだがその友人の機転でグリーン車のチケットを買ってゆったりと帰って来た事を思い出した。
ということで、今日はグリーン車で帰って来たのである。

赤坂の夜

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会議の懇親会は赤坂のバーである。しかし私の周りにいるのは、北海道の男と九州生まれの女、その他は私の地元のやつばかり。
赤坂の夜はふけ行く。

悪い事は重なる

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失敗の連鎖である。急いで作成して配布した資料に間違いを見つけて、あわてて回収してその間違いを修正して再配布したら、今度は作成日付を一ヶ月前にしてしまった。その事を会議の席上で、お詫びの上で訂正という事をしたら、訂正の数字を間違えるという、最悪の悪循環である。

上着のこと

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ある会合の二次会で、とあるバーへ飲みに行ったのである。そこは主催者の行きつけの店でまあ気楽な感じ、でも早々に退却した。明日は仕事でもあるし飲んでる場合じゃないと判断したのである。
一足お先にと、礼を言って預けてあった上着を受け取って帰った。タクシーを拾っての車中で何か携帯音がする、スーツのポケットからだ。一体なんだと思って電話に出ると「上着を間違えたから、もう一度店へ戻ってくれ」という。そうか、酔っていたからよくわからなかったが、スーツの上着が違っている。
携帯電話は取り違えた方の彼の電話なのだ。
携帯をポケットに入れたままのスーツの上着を取り違えたのである。
仕方ない、双方の中間の場所にある寿司屋で待ち合わせて、上着を交換した。そのあと、上着を間違えたやつと意気投合してしこたま飲んでしまった。

資料の余白

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いつもと同じ会議。淡々と案件が処理されていく。しかし、時々変調がある。変化があるからつまらない会議でもあくびをかみ殺して最後までつきあう事が出来る。
今日のの会議では最初のプレゼンテーションで資料のミスプリントがあった。間違えて古い資料をコピーしてあった。たったそれだけの事だが、説明者はいつもより早口になっていて、動揺が伝わってくる。いつも事務的に事を進めるタイプの男なのだが、最初の小さなつまずきが気になっているのだろう。
説明も回りくどくなって来ている。挽回しようと必死なのだが空回りしているな。などと、資料の余白に書き込んでいる私。

このごろの達成感

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達成感を得る経験というのは最近は少なくなっているようだ。達成感を得られるようなイベントを催せば人々は集まってくる。少し前だと、金銭的な見返りだとか名誉欲を刺激するものを用意しないといけなかったのだが。
少し前と言ってもそれは10年以上前の事だから、比較にはならない、経験上の実感としか言えないものだ。
この達成感というのは自分自身で目標値を設定して、それを超えれば「やったー」という感覚が味わえるのではないかと思うのだがそうでもないらしい。
私はそういう意味での達成感は結構自分で設定して自分で味わう事をする。例えば、仕事なんかでも会議用の20ページの書類50セットを作るというのを黙々と丁合いして完成の喜びを味わったりする。黙々と同じ作業を繰り返して完成の喜びを感じるというのが好きなのだ。
そういうのって若い頃は、大嫌いだった。同じ事の繰り返しはばかばかしいと思っていたからな。ちょっと自虐的だし。
最近のトレンドというのは、そういう個人的な経験ではなくて、集団で何かの目的に向かって同じ努力をして、その成就に対しての喜びの感覚を共有するということなのだろうな。そのような仕掛けがないと、実感できない様になっているのかもしれない、最近の人は。

犯人は私だ

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廊下に水をこぼしてしまった。そんなに大したことじゃないだろうと思って、ティッシュペーパーで簡単に拭いて、それでよしと思っていた。しばらくの後、なんと運が悪いことに、偶然通りかかった他のオフィスの女性が濡れた廊下に足を滑らせて、転んでしまった。大きな声を出したほどのことはなくて、単に尻餅をついただけだったのだ。
妙齢の女性が尻餅をつくというのは滅多に無いことであるし、滑稽でもある。原因は何だと、どうしてこうなったのだと、廊下では暇な連中があれこれ推論している。
廊下に水をこぼして滑りやすくしたのは、私だが、そういう騒ぎに無関心を装って仕事を続けた。

少子化

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研修でプレゼンテーションの技法を受けて来た男がその内容の報告をしに来たのだが全くプレゼンテーションになっていない。
一回や二回研修を受けたところでプレゼン技法が上達するわけはないのだが、少なくとも、話の仕方に上達の跡が認められればいいのだが、彼の本質であるシャイな話し方は全く変わっていない。
では、どんな研修を受けたのかと聞くと与えられたテーマをまとめて実際に研修生の前で発表しあう研修だったそうだ。
与えられたテーマは少子化の問題。少子化の進行で若年労働人口が減少して経済成長が伸びなくなるというような論調のプレゼンなのだそうだ。
なんともつまらないテーマだし、そんな話じゃ盛り上がらなかったはずだ。
ああ、そもそも少子化なんてのは問題として捉える現象ではなくて、と我々は少子化論議に踏み込んでいった。プレゼンよりディベートの方が面白いんじゃないか。いやまてよ、面白い面白くないの問題ではなく、相手に伝える技法の習得のことだった。

作戦負け

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こちらから頼み事をしなければならない相手に会いにこられてしまった。機先を制すべきところを踏み込まれてしまった。そうなると、頼み事の内容も少し割り引くことになる。相手の作戦だったのだ。
交渉相手の男は、昔からよく知っている。いつも軽口をたたいていて気安い男だと思わせるところがある。しかし、こうしてみるとなかなかどうして周到に作戦を立ててくる男だということがわかった。
そういうことが分かったからといって、状況に変化がある訳ではないのだが。

うがい

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喉の奥がかゆいのは風邪が治りかけだからだろう。咳払いをすると、なんだか他人に注意信号でも送っているようにも見えるので、トイレへ行ってうがいばかりしていた。
来週の会議のために説明原稿を作っているのだが、どうも簡潔に説明できる論理や言い回しがすんなりと出てこない。それは、うがいのために思考が中断されるからである。

茶番劇と学芸会

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午前中茶番劇を見て、午後は学芸会を見た。両方の間には30分の時間しか無い。移動の時間を含めれば昼食をゆっくり食べている時間がないのでコンビニでパンと牛乳を買ってロビーで食べた。友人は二つの仕事を掛け持ちしていた頃、電車での移動中にキオスクで食べ物を買ってプラットホームで食べるという生活をしばらく続けたそうだが、今日だけはそういう慌ただしさだった。
午前中の茶番劇のばかばかしさと午後の学芸会の気恥ずかしさもあって、疲労感が重い。
茶番劇というのはまさに筋書きのあるドラマで、その筋書きは見え透いた嘘よりも嘘っぽい、だから茶番というのか。嫌なものを見た。

辞任

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阪神の岡田監督が辞任した。優勝を逃したのだから辞めて当然だという感じはしない。優勝できなかったのは残念であるし、一部の作戦では監督の采配ミスもあっただろうけど、辞任までのことは無いだろうと思っていただけにびっくりした。
ゲーム差が大きく開いた時点で油断があったのだろうけど、野球界で一番面白くない最低のチームに優勝をかすめ取られた感じは近年にない喪失感だった。その感覚のあまりのことに、株価大暴落なんて痛痒も感じなかったほどだ。
ペナントレースのことは思い出したくないし、今年のペナントレースは無かったことにしようと、しばらくスポーツニュースは見なかったが、このことには触れておかなければいけないのだと思った。
つまり、岡田采配は最高ではないにしても、最悪でもなかった。私はその評価に関しては少なくとも、この前の政治家が辞めた時とは比べものにならないほど深い意味を見つけようとしている。

パーティ

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小さなパーティに出席した。着席だがビュッフェという変則で、料理を取りにいっては自分の席で食べるという方式。同じ席になったのが女性ばかりで、皆が酒はほとんど飲まずに、食べるのに夢中。私と言えば、ずるずると飲み続けたのである。飲むだけなのでたっていればよかったのだが、足の疲れがひどくて結局座って飲んでいた。
座って飲むと、結構飲んでしまうことがわかった。パーティでは立って飲むべし。

10月10日の落目

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毎月の第二金曜日に集まって飲む。少し前までは第二土曜日だった。十年ほど続いている習慣だ、いやもっと続いているかもしれない、いつごろ始まったのか記憶にないからどうでもいいことなんだろう。
ずっと続いているが、いつも必ず集まるという訳ではない。私は、仕事が忙しくなった数年間、全く顔を出したことはなかったし、ある時気が向いて定例となっている飲み屋に行ったら誰も来なかったということもある。
そういうことを繰り返して十年以上過ぎた。
いつも集まる五人のうち二人が今日、結婚記念日だという。
そうか秋の目出度い日だったのだ。しかし最近の10月10日は印象が薄い。昔だったら東京オリンピックの開会式の日でそれを記念して体育の日となり、しかも晴天の特異日だという情報だけで、この日を忘れることは無かったのに。
今となっては、体育の日は第二月曜というカレンダー上の位置に成り下がって変動相場のように動くようになったのだ。10月10日は8月8日みたいに単に数字が同じだけでそれ以上のスペシャルな感じがなくなった。
だから彼らは今日という日が結婚記念日という大事な日だということを忘れていたのだ。いやよく聞くと忘れていた訳ではないようだ、知っていたけどスペシャルではないと判断したということらしい。
彼らにしても、既に十数回の10月10日を経験している訳だからね。

野党的

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どうも、会議において話をまとめるということができないのである。あんたそれはアホやから、などという突っ込みはなしにしても。
話のながれに沿うということが出来ないので、自分の想定したところへ引っ張ろうとしてしまう。会議のよき参加者だが、会議のリーダーシップをとって議論をまとめることはない。本質的野党なのだろう。

健康的な話題

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なんだか頭痛がするというのに、明日は検診がある。今更健康に気をつけても仕方がないので、酒を飲んで頭痛を散らそうとしたら、こめかみがずきずきしてきた。
同じように明日検診を受ける同僚とは、お互い今夜は酒を飲まないようにしようと言って分かれたばかりだった。その男も中性脂肪とか肝機能のガンマGTPとかの数値はずっと赤信号なのだ。少なくとも私よりはスマートに見えるのだが、メタボ検査も危ないという。
嫌な話を聞いたものだ。健康に関する話題は暗くなる、冗談ならいいが検診前となると本意だからな。この頭痛は多分明日の検診を気に病んでのことに違いない、病は気からというではないか。

経済的世渡り

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こいつは世の中をなめているなと感じる若者である。
結構いい男で、同年代の女の子には持てるに違いない。
記憶力がいいのだろう、硬軟取り混ぜてどんな話題にも一言あるのだ。彼から見ればかなり年配の連中の話題にも入っていける。仕事も如才なくまとめて、できばえは普通以上だ。
そういう男なのだが、もう一つ信用がおけない。詰めが甘いところがある。詰めが甘いのは私に似ているところで、自分にもそういうところがあるから殊更その男の数少ない欠点が気になる。
余裕を持って如才なく振舞うその裏に、こんなものだちょろいものだと言う声が聞こえてくるのだな。
そうは言っても、六分くらいの力で世の中わたっていけるなら、それはそれで無駄な労力を使わず経済的でいいのだ。

風邪やな

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昨日も何となく気分が優れなかった。今日も打ち合わせで隣の男が風邪気味のようで鼻ばかりかんでいる。夕方からの会合で人ごみに出ていた。家へ帰って、うがいをしたがもう遅いようだ。風邪の菌に取り付かれている。
その証拠に、目の奥が熱い、そして鼻水が垂れ出した。
さっさと寝るべきだろう。しかし、節々が痛んで眠れないだろう。だから風邪は嫌なのだ。

不確実な予定

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日曜日だというのに予定では、今日は少し遠くへ出かけなくてはならなかった。しかし確定した予定ではなくて都合が良かったらという条件付き。だから、朝起きたときの気分で決めようと思っていた。
今朝の目覚めの気分は最低だった。このところ冷え込んでいてしかも、寒くもないという不都合な気象現象のせいで風邪を引いたらしい。頭痛と悪寒があったのだ。こんな日は寝ているに限る、出かけることは中止して二度寝した。
9時過ぎに再び目覚めると、頭痛はどうしたのか、いやそれどころかすこぶる爽快な気分ではないか。嫌な仕事を思い切ってキャンセルしたことで、晴れ晴れとしてしまった。というより、本当に早朝気分の悪い目覚めをしたのだろうか。単なる夢ではなかったのか。まあ、そんな詮索はどうでもいけれど。

読み進めない本

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時間つぶしに本を読むとするなら、私は結構速読派だ。しかしながらそれはエンターテイメント系のミステリーとか軽いエッセイを読む場合に限る、という条件付きだが。
そういう読書というのは、視界の広がった斜面に寝転んでぼーっと空と雲を見ているようなもので、時間がすぎるだけで何も残らないことの方が多い。
本を読むこととテレビを見ることを比較すると、本を読むことの方が知的な感じがするのはなぜか。テレビ視聴というのは、感覚器官を無防備にして情報を受容することが多いのに比べて、活字を追うということは、その内容がどんなにつまらないものであっても、能動的作業が存在するということの違いによるのだろう。今読んでる本は、結構哲学的で意味が取りにくくて、ちっとも進まない。じっくり読んでいるという訳でもないのだが。かといって面白くないという訳でもない。この本の停滞のせいで、何か取り残されているという感じがつきまとっている。

心のフラスコ

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こんなことを書くつもりは全くなかったけど、感情のながれのままに書かざるを得ない状況。なんで久保田を投げさすのか、そこが問題だ。
久保田が信用できないことは過去の事実が証明しているのに。岡田監督は何を考えているのか。何も考えていない?
そうか、いいだろう。私は認める、夏までの岡田采配に関して全幅の信頼をしていたことを。そういうことをすべて認めても、久保田はないだろう。
でも、すべては結果論。結果だけで論ずることの格好悪さはわかっているけど、井戸端会議は論点は今日の采配だけなのだ。
相手は目標のないヤクルトなのに、どういうことだ、と、私は心の奥の方にるフラスコを揺さぶられる感じがするのだ、もう、ヤクルトの飲料は買わないぞ。

決断しない

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決断しない上司というのも珍しい。物言いは、言語明瞭で論理的なことこの上ないのに。先週、最終的な判断を仰ぐために設定した会議が別のそれほど優先度が高くない用件でキャンセルされた。今日、改めて会議の設定をしたのだが会議開始の10分前にキャンセルになった。
どうしても会わなければならない来客というのがその理由なのだ。
こうやって結論を先延ばしにして、成り行きで事が運ぶのを期待しているかのようだ。
うまく行けば自分の手柄に、失敗すればこちらの手落ちとするのだろうか、そういうことをする決断もしないに違いない。

誰だ

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声をかけた主をじっと見る、失礼とは思いながら。目が細くてほほが長い女性、かつては女性、どこかで会った記憶がある。
どうもお久しぶりです。と言うとやっと思い出してくれましたね、と言う。
向こうはこっちを知っているが、こっちは向こうを知らない。すごいハンデのクイズ。いやいやどうも、あれから変わられました、と探りをいれる。
なんの、ずっとこの活動を続けています、○○さんが亡くなられてから。
そうか、固有名詞が出て何をしている人か思い出した。
しかし名前は思い出せない。でも話は続けることができる。記憶が少しずつよみがえっているのだ。
しかし、名前は思い出せない。

コンピューター

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コンピューターの表記をちょっと前まではコンピュータとしていたのだが、マイクロソフトは今後、コンピューターと表記すると発表した事を思い出した。
英語表記に近い日本語の表記をするならcomputerのterはターのと書いた方がそれらしく感じられるというものだ。
しかし、ずっとコンピューターはコンピュータと表記されていた。その理由というのをマイクロソフトの表記変更の中で知る事になったのだ。簡単に言うと、文字数を短くして表記の手間を省いたという事なのだ。
電子機器類の翻訳文を日本語で表記すると、コンピューター、サーバー、リーダーなどなどやたらと長音記号が使われて、見た目に格好悪いから二つ以上続く場合も省く等という事が規格化されたのかもしれない。
とはいえ、私などはコンピュータと書く方がいかにもデジタルでしゃきっとしていると感じて好んでそう書いた部類だ。コンピューターとかくとなんだか間延びして、ブルドーザーの親戚かなにかで土木工事でも始まる感じしないか?

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