2008年11月アーカイブ

靴がなる

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通勤用の靴を買った。履き慣れた靴を捨てて買った。なぜそんな事をしたのかといえば、捨てないと履き慣れた靴をずっと履き続けるからである。
新しい靴だと必ず、まめができる。それがいやで慣れた靴を履く。だから、新しい靴を買うためには、捨てないといけないのである。言わば背水の陣。
などとそんな大層な事はないが、基本的に買い物は好きではない。いろいろな物を見て回るのは好きなのだが、買うという行為が苦手なのである。
だから、買い物に行く店はほぼ決まっている。靴ならこの店、服ならこの店という具合に。大概の物はネットで買うようになったのだが、靴と服だけは現物と身体を合わせないといけないので、仕方なく出かけるわけである。
靴はともかく、服に関しては、この年相応の良い物を扱う店が少ない、この田舎町。

昼間のビール

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仕事先の義理でシンクタンクの主催するシンポジウムに参加することになった。
もとより参加する気はないのだが、顔だけでも出さねばと行ってみたら、時間を間違えていて既に始まっていた。幸い、テーマのプレゼンテーションの最中で、パワーポイントを上映していたので暗闇にまぎれて潜り込んだ。
二時間のセッションが終わって、休憩時間。帰ろうかと思っていたら、上司に見つかった。一緒に意見交換会に出ろという。仕方ないので、ビールとサンドイッチだけのやけに静かなパーティにでた。話す相手もなく、一緒に出席しようと行っていた上司と二人で会場の片隅でビールをしこたま飲んだ。
昼間のビールは妙に酔うものだ。意見交換会が終わって会場を出たときまだ夕方だった。酔い覚ましに新しく出来た電気屋へ立ち寄った。

ここだけの話

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かつての上司が私を訪ねてきた。用件は、かつての取引先の担当者の連絡先を知りたいというような大した事では無かったのだが、10年ぶりくらいだろう、懐かしくもあり一緒に仕事をしていた頃の思い出話、そう言えばあの時は無理を言って済まなかった、などと今頃になって謝られたり。
彼は最近生きるか死ぬかの大病をしたようで、最近やっと元気になってきたらしい。その彼が、今でこそ言うけど、もう時効だろうからと切り出したのが、前社長の交代劇のごたごたの裏話。
欲と打算が絡み合う、小説にでもなりそうな話だった。墓場へ黙って持っていくにはもったいないと思ったのだろうか、いやもったいぶって話してるけど実はもうあちこちでされている定番の話なのかもしれない。
いや、信用してやろうよ、九死に一生得た男の話だもの。

籤ばかり

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会議の終了が遅くなるという事が分かっていたので、帰りはそのまま帰宅できるように、それぞれが自分の車で行く事になったのである。最近の会議というのは会議の内容より、会議に参画していたというそれだけが大事なのである。
すごくつまらない会議で、半分寝ていた。
会議は無事終わって、帰り道、車を運転していて眠くなった。運転しているのだが、ぼんやりとする感覚。路肩に車を寄せて10分でも仮眠をとろうかなどと考える。信号で止まる度に、顔のマッサージをしたり小さな体操をしたりするが、なかなか眠気は去らないのである。チューインガムでもかめば少しは眠気さましになると思うのだがコンビニに寄るような余裕も無い。そういえば、昔は眠くなるとタバコを吸った。
この度はブランドのよしあし、看板の大きさにもよるなマネージメントの来痔売れそう

ある男の表と裏

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声が大きくて態度もでかい。器量の大きな人間であることをまず表現する事が大事だと意識してやっているのではなく、そのように演じているうちに自然と出来るようになっている。包容力があって、なんでも飲み込んでしまう、いい上司だと誰からも慕われているように見える。
ところが、部下に対しては言う事がいちいち細かい。女性社員の何人かは、ちょいとした一言がささくれのように、気になるのに、そこに塩を刷り込むようなことを言うらしい。
対外的な顔と組織の中の態度の落差は一体なんだろう。

想定外の事ばかり

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北海道では氷点下20度だとニュースで言っていた。11月では初めてとかなんとか。温暖化が進む時期にそんなことで良いのか、気象庁は何をやっているのだ。
子供の頃、楽しみにしていた遠足が雨で中止になって以来、気象庁の役人を憎らしく思っている。なんて奴いるかもしれんな。
昨日は冷たい雨がずっと降り続いて、夕食に熱燗でいつもより多く温まらなくてはならない状況だったのに、今朝は秋らしいさわやかな空気で、風が心地よかった。
心地よかったのは、ここまでで朝一番、オフィスのノートパソコンが立ち上がらない。さあ困った。電源コードから順番にチェックをかける。少なくとも、電気は来ている。しかしコンピューターの電源は入らない。メンテナンス要員を呼んで見てもらうが、分からない。結局代替機を使う事にするのだが、代替機の用意が半日かかるらしい。今日の午前中は、仕事が全くできなかった。予定も連絡先も作業中の書類もそしてメールもすべてコンピューターの中。コンピュータも機械だから壊れる事はあるだろうが、まさか今朝それが起きようとは。不順な天候の中の快適な朝だというのに。
それにしても、いかにコンピュータに依存して仕事をしているのか、思い知った。

決断の失敗

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午後からある男に会わなければならなかった。待ち合わせ場所まで歩いて20分はかかる。自転車だと10分くらいだろう。車なら5分。
さて、最近のテーマは散歩だ、ということで歩いていく事にする。しかし間が悪いことに、雨が降り出した。家を出て5分ばかりの地点である。傘を取りに戻ろうか、小雨だしこのまま行こうか迷う所であった。
歩いていると、戻るというのは距離をすごく損した気になるのだ、そのまま進むしかない。だが雨は少しずつ強くなってくる。決断は失敗したな。くそ、俺の決断はいつも裏目に出る。
着いた時、コートは雨を吸って重くなっていた。タオルを借りて水を拭き取った。他の連中はすでに集まっていた。
座の中心となる彼は健全経営を目指す経営者だ。彼の経営の目的は、赤字を出さない事、それ以外の何者でもない。赤字を出さないためにあらゆる手段をとる。非合法すれすれの手段すら選択肢に入っているのだ。そういう意味では、賢明さと強い決断力を持った男なのである。
外は冷たい雨が降り続いているので、部屋の中は緩い暖房が入っている。私は冷えた身体が温まって来て、眠気を覚えた。
彼の話が、どこか遠くに聞こえる。珈琲をお替わりしてもだめだった。

新そば

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散歩の途中、新そば、という宣伝にひかれて、昼食はそば屋にした。しかし、私みたいにビールを飲みながらずるずると居続ける客は嫌われるので昼食時の忙しい時間を外して、1時過ぎに店に入るようにした。読みの通り、昼食客が帰り出して、座席は半分ほどしか埋まっていない。
これならゆっくり出来る。ビールと板わさと天ぷらを頼んで一人宴会である。ビールを飲み終わって、仕上げにそばを食べる。新そばは香りが良い。

床屋でさっぱり

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一週間遅れの床屋。先週、大阪へ行ったのだが、予定では午前中に床屋へ行ってそのあと新幹線に乗るという事だったんだが、行きそびれた。そのせいか、今週は髪の毛が気になって仕方がなかった。女性のように髪型をセットするという訳ではない、首筋や耳にかかる毛が伸びすぎているなと思うだけの事なのだが。
床屋でさっぱりとして、午後は歩いて仕事に行った。大阪で難波や堺を歩き回って歩く事に再び目覚めたということだ。田舎の暮らしはどうしても車に頼る事が多い。田舎の町は車で移動することを前提に作られているからだ。しかし、そういう都市計画の思惑には乗らず、歩き続けた。
今年の秋は、去年より寒い。経済も冷え込んでいるが、気候も寒冷である。だから余計に床屋で刈られた首筋が寒い。

ミュージカルを見る

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久しぶりにミュージカルを見た。芝居とかミュージカルに素養がないので、あまり見たいと思わず過ごして来た。友人からチケットを譲り受けたので義理を果たすにために出かけた次第。
実は彼も私と同じで芝居見物や音楽会では居眠るタイプなのだ。義理でチケットを買い、私にチケットを押し付けた、ということ。
良い音楽と良い芝居でうっとりとなって眠くなれば良い物だと自分の中でセオリーとしている。眠ったなら、面白い物だったと友人に報告できる。
席はなんと舞台に近い前列の一番左サイドだった。前列というのは舞台上の細かい所が見えてしまうのだな。リアルを感じてしまうのだ。しかも横から見るというのは、拗ね者のように斜に構えてみてしまうのだ。
だからまるで厳しい舞台監督の様に見てしまったのである。

口の中の傷

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昨夜というか今朝、サッカーの中継をだらだらと見てしまった。サッカーはそんなに好きではないが、国際試合は見てしまう。しかも夜中の試合というのにはすごく心惹かれる。
1時半過ぎに試合が始まる。12時を回ると小腹が空くのである。夜食に何かないかと探すと、先日の出張の土産の煎餅があった。茨城の堅焼煎餅である。せっかく買って来たのだが誰も食べなかったのだ。自分で食べることにする。堅かったが結構おいしいので、ばりばりと音を立てて4枚ほど食べてしまった。
今朝、朝食の時、口の中に違和感があった。熱い食べ物が口中にしみるのである。
きっと堅い煎餅の尖ったかけらが口の中を傷つけたに違いない。
熱いコーヒーが飲めず、寝不足気味の脳が活性しない朝である。

ひざを打つ

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先日、階段を上ろうとして踏み外しひざを強かに打った。ひざの皿が割れたのではないかと思うくらいだった。痛みがひどくて、ひょっとしたら本当にひざの骨に異常を来していると思うくらいだった。医者は嫌いなので、湿布で冷やして、痛みを和らげてみたが、次の日からひざの周りが内出血しているようで、紫色になっていた。それでも湿布薬だけでやり過ごそうとしていた。ずっと足を引きずるように歩いていたのである。最近になって、やっと普通に歩ける様になったがひざの辺りの違和感はとれない。とくにひざ立ちができない。
いまでこそ、生活様式は椅子が中心だからいいが、畳の部屋の生活だったら暮らせない。ひざで移動するなんて事出来ないし第一、尻を床に付けた座り方から立ち上がるという事のひざへの影響は大変なものがあるに違いない。
そうか、昔の日本人の足腰の強さは畳に座るという生活様式から出て来たのだ、とひざを打つ。

猿男

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通勤途上、赤信号信号で止まった人の群れの中に違和感を感じた。見てはいけない禍々しいものがいる。いや、そんなたいそうなものではないかもしれない。私の斜め前に立っている男に注目しないで入られなかっただけだ。
実は異人種を感じた、直裁に言えば猿を感じたんである。
確かにいるよ、猿顔と揶揄されるような面構えの人間が。逆に動物園の猿山へ行って、猿の行動を見ていると、こんな顔した人間いるよなあと思う事がある。
猿と人間は進化論的には、近しいので似ている所は多々ある事は確かだ。
しかし、私の前にいる男は人間というよりは異常に猿的なのである。背筋を伸ばした足が長い猿なのである。指は長いし、髪の毛は短く刈り揃えられているのに襟足の所は刈り上げられていなくて、まるで体毛として襟の中へ続いているようなのだ。
服装は、工場作業員が着るナッパ服で安全靴のような革靴を履いていた。
こういう描写が出来るのも私は、信号が変わるまでの約一分間にその印象が記憶に残るように努力したからである。
今、思い返してみて変だと思うのは、その男の猿性に気づいていたのは私だけだったという事。雑踏の人々の視線は信号機の色が変わる事に集中しているので猿男の存在には全く気づいていないのである。
私は何か幻想でも見ていたのだろうか、朝の通勤時の赤信号の間に。
私はその猿男の斜め後ろからしか見ていないことは確かなのである。顔はそう、異様に眉骨が高いのである、額から二センチほど飛び出している。斜め後ろからそう見えるのである。頬骨も出ていて私の位置からは眼は見えなかった。
私は信号が青になる瞬間に正面に回って、確かめるべきだったのだ。その猿男の正面からの姿を。明日も同じ時間帯に現れるなら、もう少し観察してみよう。

夢のない人々

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来年はアニバーサリーで何かイベントを考えなければ行けない。若い人たちに、どんなアイデアがあるか、意見を募っても出てこないのである。今やっているイベントに何々周年記念の冠を付ければいいのではないかなどという。
信じられない発想だ、君たちにはもっと夢のある発想はできないのか、などとけしかけても乗ってこないのである。
バブルがはじけて、元気がない時代に社会に出て働き出したので、堅実に考えるという選択しか持てないのか。かわいそうな事である。

大阪

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大阪へ行って来た。大阪へ行くときは声をかけてくれとH君から言われていたが、今回の大阪行きはH君に内緒であった。特別意地悪をしているとかではなく、単に大阪で昔の仲間が集まって忘年会を行うと言うことを伝えることを忘れていたのである。気が付いたのは、行く前日でその日はH君たちと飲む話があって、私も誘われていたのだが、酒の席でこの大阪行きの事を喋ってしまうと、H君から非難されそうだったので、そちらは仕事に託つけて、欠席した。
大阪では、久しぶりに会った気のおけないとすこし早い忘年会、二次会は久々のカラオケであった。
宿泊は、新大阪駅近くのホテル。
今日は、午前中は難波あたりを散策し、和歌山に住む友人と堺で落ち合って堺の喫茶店で昔話に興じた。
大阪ではいつも、さあ再び新たなことに挑戦するぞというモチベーションが高まるのだが、この町へ戻ると萎えてしまうのはなぜだろう。

眠る女

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雑談で友人の愚痴を聞いた。友人の部下で若い女性がいるのだそうだが、いつも眠っているのだという。正確には、机に座っているときはいつも眠っているらしい。いつも眠っているという状況が即座に理解できない私は、一度見てみないと信じられない話なのだが。
彼はいつも叱っているのだが、一向に改まらないらしい。人事異動で他のセクションから来て2ヶ月なのだそうだ。その前のセクションではどうだったのか、その話を確認するまでは信じられないのだが。
仕事にならないので、人事当局に伝えて移動させるように運動を考えているらしいのだが、そんないつも寝ている人間がオフィスにいる事が信じられないのだが。
世の中には信じられない事があまたある、この話もそういう類いの一つなのだろう。

話し方

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彼はゆっくりと自分で自分の言葉を一つ一つ確かめる様に話す。ゆっくりなのだが、遅くはない。こちらの思考に遅れるという事はない。難しい単語を使う事もなく、それでいてかなり抽象的な概念を説明していく。こういう話し方をしたいな、と思わせる。例えば私などは性急で畳み掛けるように話してしまうので、説得力が全くない話し方だと自覚しているだけに。

メモする道具

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メモする道具としては手帳とかメモパッドがあるのだが、デジタル小道具が好きな私としては電子手帳やPDA、携帯電話など様々な道具を試して来ているのだ。デジタル小道具のうんちく話はおいて、最近文具メーカーのキングジムが折りたたみキーボードと小さなディスプレイを組み合わせたメモマシンを発売した。その機械に少し心を動かされた。が、スペックを検証してみると買おうという気にはなれない。
キーボードでメモするマシンに特化した点は評価できるが、その割には設定金額が高すぎる。ほぼ3万円近いのだ。それだったら、もうちょっと出せば普通にコンピュータが買えてしまう。ちょっと古いがキーボード付きでいろいろ出来るマシンとして、シグマリオンとザウルスを使った事があるがノートパソコンとPDAの中間に位置していて、どっち付かずになった記憶がある。
私の持っていたシグマリオンの携帯性と通信機能の着目した人は、私のよりワングレード上のマシンを買って自慢していたけど、結局小型のノートパソコンに移行していったけど、よくわかる。
ザウルスはパソコン並みの能力があるのだが、キーボードが貧弱だ。キーボードの大きさに合わせて何か作ろうとすると、形状が大きくなるので機能もいろいろ乗せたくなる。そうなると結局パソコンになってしまう。
そういうジレンマをキングジムは破ったはずなのだが、絞りきれていない、スマートさが無いのだ。でやっぱり、それだけの機能にしては高すぎる。開発費を乗せ過ぎだ。
などと考えていて、少し前まで持っていたNTTドコモのM1000という携帯電話の事を思い出した。そうだ、あの携帯のために折り畳みキーボードを買ったんだっけ。焼き鳥屋で飲んだときに友人の前で自慢げに折り畳みキーボードと携帯でメモをする実演をしたんだっけ。そうだ、携帯電話は解約したけど、ワープロ機能は生きている筈だ。さっき件のM1000を充電してワープロ機能を確認してみた。メモとして動くじゃないか、メモマシンとして再利用してみよう。

顔を見て話してくれ

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ここ一週間、気になる事が続いている。それは、打ち合わせで、相手は私の方を見ないのである。いつも、部下と一緒に話をする。私が説明をして、部下は記録をするという役割なのだが、相手は説明者である私の方を見ないで、記録係である部下に向かって者を言うのである。
これは一体なんなのか、話をしている相手に直接聞く訳にも行かないしね、どうして私の方を見て話さないのですかと。
返ってくる言葉が、あんたじゃ話にならないのでね、などと言われるとこれはつらい。
しかし問題なのは、なぜ最近気になって来たのか、最近の傾向なのか、あるいはずっと昔からそうだったのか、はっきりしないことなのだ。

漫才

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この人はどうしてこんなに説明の仕方が下手なのだろうか。かいつまんで話して、簡潔に言っているつもりなのだろうが、かいつまみ方がポイントをつかんでいない。私が漫才のツッコミの様に相づちを入れないと話が見えてこないのである。それでいて、的確なツッコミをしないと露骨に嫌な顔をする。しかし、それってあんたの責任で、分かりにくいのだから自分でなんとかしろよ、ともう一度突っ込みたくなる。

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昨日、北関東のとある市で開かれたシンポジウムのイベントに参考のために参加した。
そのシンポジウムのテーマは地場産業と地域特性の融合というようなものであった。現地で情報を確認して驚いた事に、この市には鉄道駅がないのである。小さな町や村と合併して市域は拡大したのに、鉄道駅が無いのである。
イベントの会場となったホールでは、鉄道誘致のための署名運動もしていた。
鉄道駅誘致運動って時代錯誤なと、思ったのだ。しかし、その町から帰る段になってバスしか公共交通機関手段がないというのは、不便さの感覚をつのらせると感じた。鉄道がその不便さを解消するかという事は費用対効果と時代性から見れば、決してそうは言えない。
国の政策は、公共交通の整備より自家用車の普及に力を入れているのだから、公共交通が元気無くなるのは当然の事だろう。
件の市の鉄道駅を誘致する運動をしている人たちは、このホールへやってくるために自家用車で来ている筈だ。駅を誘致しようという連中の目的は、何なのだろう。少なくとも不便さの解消ではないのだよね。

新幹線で席に座る

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明日東京まで行かなければならない。土曜日の朝、9時9分のひかりはどんな込み具合かとネットで調べると、指定席は既に満席なのである。
ネットで、予約しやすくなったせいか、新幹線は指定席から満席になるのだろうか。まさかグリーン車でという訳にも行かないだろう。もう一つ前の時間帯の電車という選択肢がある、少し早起きして。あるいは自由席で通路に立って行くとか。うまく行けば、偶然席が空いて座る事も出来るだろうし。
私の友人は、通勤定期の新幹線を利用しているのだが、空席を見つけて座るのが天才的にうまいらしい。発車ぎりぎりの時間に飛び乗ってもしっかり座る事ができるのだそうだ。酒を飲んだときの自慢話なので、話半分に聞いていたのだが、本当だとしたらうらやましいノウハウである。

ど忘れ

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最近、ど忘れする事が多くなってきている。人の名前を覚えられなくて、なんて名前だったっけというのはまだ愛嬌がある方である。会話の中で「ほれ、あの」と言ったきり「あの」の指す名詞が頭脳の中に浮かんでこないことが致命的なのは、その会話が誰かを説得しようとしたり何かを理解してもらおうとしているときに怒る場合である。つまりまったく説得力がないのである。そういうことがここ二回ほどあって、すっかり気落ちしている。
そういう所へ持って来て、今日の交渉はなんだか全く自信が持てなかった。つまり単語のど忘れを恐れて、日常的に使っている言葉に置き換えて交渉したのだが、迫力がないのである。訳のわからん言葉を駆使して煙に巻くという事が出来ないからだ。
アメリカ大統領選の演説における言葉の重要性という事をスピーチライターが言っていた。いいスピーチライターがいても、棒読みじゃあだめだろうし。そもそも演説と交渉では、言葉が全く違うのだ。などという、つまらない事に拘泥している。

非合理だが

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今日の打ち合わせは五分で終わった。資料の準備で一時間、時間調整で一時間、遅れているメンバーを待つ事10分。この会議に出席するためにはるばる一時間かけてやってくる男もいる。こんなの電話かメールで済むだろう、と若い部下は口には出さないが、そう思っているに違いない。
確かに、確認した内容は既に文書で読んでいるのだ。しかし、若い人よ、顔を合わせて、同じ空間を共有して合意するという事がこの後の仕事をしやすくするのだ。これは経験してわかることだ、などと一応納得させる理屈を言っておく。

黙り込む

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この男は自分の頭で考えていないのではないかと感じさせた。なぜなら、その男の話の内容は一週間前に別のところで交わした議論と全く同じ論法なのである。
そのときの結論としては、まったく根拠のない勉強不足の議論であると片付けたばかりであった。どうしてもう一度同じような話を持ち出して来ているのだろうか。そんなに間抜けそうな顔はしていない、田舎じみた面だが誠実な印象すらある。こういう話の切り出しの真意を測ろうと、いろんな事を考えて黙り込んでしまう私であった。

地酒

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今日は10時から三時過ぎまで、公共交通機関と自分の足だけで移動していた。東京や大阪ならそういう事も可能だが、地方都市では自家用車での移動は必然である。そういう事情があったとしても、自家用車無しで過ごしたという事で、その理由はただ一つ、酒が飲める様に。
予定の中に、おいしい地酒を飲むイベントがあったからだ。公共交通機関を乗り継いで現場へ行くという努力の結果、目的の地酒を堪能する事が出来た。

経済状況

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しばらく前の新聞の株式欄は黒かった。表記のルールとして数値の記録を更新すると、黒地に白抜きの数字で印刷されるので、あらゆる株価が下がったときは、黒く沈んだ紙面だった。私の持っている数少ない株の銘柄はずっと低迷を続けていて、今回の暴落で地面に激突するくらいに超低空に下がって来た。
ずっと、低迷して塩漬けだったのが漬かりすぎて腐りはじめていると思っていたが拾う神ありという諺が現実味を帯びて来た。
株安の今こそ、企業買収の好機と考えることもあるのだろう、そういう方向で動いているらしい。
これこそ、まさに天の助け、ではなくて実はそういう買収を想定しての株保持だったのだが、今後どう動くのか、新聞の経済欄から目が離せない。

電話は信用しない

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電話の相手はひどく不躾なようで、かけた本人は気分を害しているようだ。どんなに丁寧な言葉を使っても、信用してもらえず本論が切り出せなかったらしい。
私もかつては、見知らぬ相手から電話がかかってくると、不躾な態度で臨んだ者だ。それは、電話という機械を通してのコミュニケーションが信用できなくてそういう風にしていたのである。だから私はその電話の相手を非難できないところがある。
おれおれ詐欺なんて言うのも、電話の相手を信用するからだまされるのだから。電話の場合、すべてを疑ってかかってもいいのではないか、だまされるやつの気が知れんといつも言っている。一度くらい詐欺電話が来ても良さそうな者だ。しかしそういう電話が来たとしても、私は間違い電話の一種としてしか認知しないのだから、詐欺事件としての面白さは味わえないのだが。

複雑な議論

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慣習と社会的常識と契約の考え方が入り交じったような事例に関して、こいつはそれぞれの各論で対応するのである。実にやりにくい相手だと感じたらしい。私もそのやり取りを横で聞いていて、スマートとはこういう事かと感じ入った。
2つの立場の違いを使い分けるというのは、論争の場合、現実にあることである。議論のすり替えとか、立場を変えているとかの反論が出来るのだ、
しかし、立場が3つとなると、理論として成立しながら、反論の矛先はずらす事が出来る。なんという高等なテクニックなのだ。こんなつまらない所で、駄弁を弄せずに、弁護士かなにかになってその能力を活かせよ、と優しい気持ちになった。

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