2009年4月アーカイブ

女傑との対決

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世に女傑と言われるタイプの人間がいる。女傑というからには女性だが、行動パターンは明らかに男社会に適応している。つまり精神構造は男だ。スカートをはいた男、暮しの手帖の花森安治ではない。男女平等と言ったってまだまだ男性優位の日本社会だが、そんな中で一目も二目も置かれるようになるには、かなりきつい対応を重ねてきているに違いないと思わせる、なんというか、田中角栄的な押しの強さがある。
おおすごい押しだ、寄り切られそうだと思うとすっと引いて慈母観音のような表情を見せる。なんだ、あの押しははったりだったのか、結構優しいじゃないか、さすがおばさんだと思っていると、再度押しにかかってくる、朝青龍のような形相で。
すごいなこの交渉の手腕は、こういう女傑に対等の条件で折り合いを付ける事は可能なのだろうか。
私は歯を食いしばって耐えて、土俵際ぎりぎりで、休戦を申し出た。つまり、結論の先送りなのだが、次回は押し切られるに違いない。

マスク

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花粉の脅威が去ってマスク顔を見なくてもいい季節になると思っていたら、豚インフルエンザだ。メキシコ人もマスクだよ。マスク面をテレビ画面に流すなと言いたいが向こうのマスクは、医者が手術の時に使うよな緑色のマスクだね。白いマスクよりはましか、でもマスクは好きになれない。
第一に私はマスクなんてものの実用性に疑問を持っているからで第二にみっともないからだ、
インフルエンザでも何でも空気感染の病原体やあるいは花粉や黄砂などの空気中に浮遊する微小な物質を吸い込まないようにしたいのだったら、ガスマスクのようなものをつけるべきなのだ。
布切れ一枚で防護できるほど微笑物質は甘くないと思うのだが。

止められない心情

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先日の会議で珍しい決定があった。それは、あるプロジェクトを中止するというものである。一度動き出したプロジェクトはなかなか止められない中でよく決断したものだと感心していたら、関連セクションからその中止待てという意見が出てきた。その理由がこれまで続けてきた努力を無為にするからという、心情的なものなのだ。
今の時代に止めようよ、そんな理由にならない理由を持ち出すのは、と思うのだが、それを言い出したセクションのトップは、俺に相談無く決めたから気に入らないのだと言っているらしい。要するに心情的に気に入らないので心情的理由によって中止を反対しているということなのである。
そういう馬鹿は相手にしないという、方法もあるのだが、我々はあえて相手のところへ出向いて直接意見を聞いて、反対論の無意味さを説いてみることにした。
しかし、こういうのは時間の無駄だとは思うのだが、コミュニケーションは大事にしなければ。

寒い春の日

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冬に戻ったような冷たくて強い風が吹いた。足元が冷えるので、しまい込んだ毛布をひざ掛け代わりにしている。
微妙に残った灯油をどう処分しようかと思ていた矢先で、この機に燃やし尽くしたのである。

ぼけが左右する

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漫才ではぼけとツッコミという役割で話が展開される。私は東日本圏の生まれで漫才の伝統を余りよく知らずに育っている。漫才の二人の間で交わされる会話が実はある一定の約束で成り立っているという事を、知らずに育っている。だから漫才というのはあり得ないような、ばかばかしい話をするだけのものだと思っていた。つまり落語では一人で演ずる熊さんと八つぁんの会話を二人で演じ分けるだけの芸だと思っていた。
会話が、ある話題の提供とそれに対する意見の繰り返しで成り立っている事は確かである。その会話をどういう風に面白く見せるかが漫才なのである。
ぼけが話題を提供してツッコミが論評する。話題の面白さか、論評の仕方が面白いのか。それは漫才の性格を決めるものなのだろうが、基本は話題の在り方なのだろう。
私はぼけよりツッコミの側に回りたいと思っていたのだ。しょうもない話題に寸鉄釘を刺すような一言を入れて喝采を得るというような。
それはしかし実は漫才ではなくて、単なるヤジであり、話の腰折りなのである。
会話では話が続く事を前提にツッコまれる。私にはそう言う才能が無いというより、私の基本的な在り方はぼけなのである。そう言う事は、漫才の本場、大阪の友人達に指摘されて自分の立ち位置がぼけであると認識した。
ぼけのものの見方がツッコミの言い方に力を与えるのである。そう言う意味でぼけは世の中を左右する存在であると、ぼけの私が主張する訳である。

仕事のスクラップ

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我々の組織は何かをやめるという事がなかなかできない。ところが、今日の会議で決まった事はなんとあるプロジェクトを中止するという結論だった。
理由はどうあれ、たいしたものだ。悪く言う人は単に仕事をしたくないだけだなどというのであるが。

約束とキャンセル

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夕方、友人から電話があって、いきなり今夜飲みに行こうという。何があったか知らないがとりあえず飲もうということで一旦約束して、電話を切って予定を見たら夜の会議が入っていた。そうだった、今朝今日の予定を確認したはずなのにもう夜の会議の事を忘れているのだ。記憶細胞がどんどん壊れている事を実感せざるを得ない。
慌てて、約束した友人にキャンセルの連絡をした。
思い出せば今朝も、早朝会議の筈だったのだが、私はすっかり忘れていて、普通に出かけて行った。早朝会議はいつもより30分早く始まるのだ、会議に参加してないのだ、接待絶命だ(そんな大層なものでもないが)。ところが今朝の会議は指定メンバーだけで、私は関係なかったのだ。会社関係ではまだつきがあるのかもしれない。

逆効果

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私の関連しているイベントの客足が伸びない。様々な工夫はしているのだが、結果は数字として現れてこない。そこで、友人の新聞記者に相談した。
この窮状を新聞で訴えて、同情を引くという作戦についてである。しかし彼が言うには、その方法は逆効果だと。人々は流れに乗るのだという。つまり、苦しい状況なので助けて下さいという信号は、もうこれは行けない沈みかけた船だと判断して人々はますます寄って来なくなるというのである。
なるほど、そういうことか、アピールというには虚勢でも上向きに発信し続ける必要があるということである。
新聞などで、閑古鳥などと取り上げられたらそれは客寄せの場合は死を意味するということだ。別の手段を考えなければならない。

当たる確率

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確率論の本だったか忘れてしまったが、例えば美人コンテストで6人が決勝に残っている時、その6人のうち誰が優勝するか、その確率論の著者はかなり高い確度で当てることができると言っていた。いやあ、言っていたのは心理学者かもしれない。その方法というのは、自分の好みの人ではなく、他の人が好みそうな美人を挙げればいいのだと言っていた。実にもっともらしい嘘であった。
笑福亭松鶴の落語、高津の富を聞いて思ったのは、昔の富くじの方が当たりやすかっただろうということ。松鶴の説明では1分の金が千両になるのが江戸時代の富くじだったそうだ。倍率では四千倍。3百円の宝くじが4千倍だと百二十万円、1億円が当たる現在からすれば、かわいいものだ。しかし確率としては相当高いものだろう。落語の話だけから推測すると、番号は干支と四桁の数字の組み合わせだから、12かける1万、つまり12万分の1の確率。今の宝くじは数千万分の1だから比較にはならないか。

申告書を作る

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そろそろ税金の申告書を作らなければいけないのであるが、そう言う気分にならない。まずは領収書とか請求書の類いを日付順に並べて、エクセルに打ち込む作業がある。これは、ルーティンなので何かしながらできる。午後はテレビの前にコンピュータを置いて、野球中継を見ながらやってみた。
野球は結構長引いて、その長い中継時間の間に、大方の領収書は整理できた。しかし終盤に逆転されそうになると、全ての注意はテレビ画面に向けられ、結局やりきる事はできなかった。残りは明日だ。

実は何もない

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今日唯一の予定は、夕方の会議だった。時間を限っての会議であったので内容は濃いものとなった。例えば絶滅種に近い動物をどう保護するかというような話だった。一方の論は、生態系の問題として捉えているとするなら、もう一方は個々の命の問題として、餌付けをしてでも救うべきというような議論の両極端に分かれた。目的は同じなのにアプローチの方法が違っている、こういうのは絶対に噛み合ないのであるが、具体性がないまま議論だけが深まっていったのである。しかもなんの結論も出なかったのに、会議の参加者には何かを成し遂げたような満足感があったのは何故だ。

理解できない話

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今日の午後、時間を置いて話をした二人の男は何を話しているのか理解できなかった。説明の仕方が下手で、相手に言いたい事が伝わらないのはよくある。説明の仕方が下手な奴だと思うだけなのだが、一日に二回も同じような事に遭遇すると、これは相手のせいではなくて、こちらの理解力が無いからではと思ったりする。今日の午後は眠かったし。自分の理解力に自信をなくすなんてこれはかなり重症ではないか。次の機会には、誰か複数の人間と一緒に話を聞いて、自分のせいなのか、相手のせいなのか検証する必要がある、なんて事をする気はないが。

標準時間

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朝一番で札幌に電話した。用件を伝えて詳細はメールということにした。10時からドイツとオーストリアのイベントの件で打ち合わせを行い、午後はポーランドについての打ち合わせそれが済んだら、イタリアの話題が中心の会議の後、長野へ行く話であった。
今何時だろう。

敵か見方か

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競争相手の参謀と言うべき人物から話を聞きたいと内々に打診があった。戦争で言うなら敵国のナンバー2からの接触である。
間に入った男の話では、このナンバー2と目されている男はトップの方針に全面的に賛成しているのではないらしい。
で、直接会ってこちらの考え方を聞き、日頃の疑念を晴らしたいということらしい。
安っぽいスパイ小説でもこんな見えすいた話はないだろう。ところが現実は実に単純で複雑なだまし合いという風にはならないのである。
我々はその男と会って、お互いの意見を述べ合った。というより、彼の意見をずっと聞いていただけなのだが。というのもその男は、ものすごい話し好きで、一時間ずっと一人でしゃべり続けたからだ。分かった事は、ある部分では彼と利害が一致しているという事だ。
しかしそれだけで、基本的に彼の主張は競争相手としての主張でしかなかった。

毀誉褒貶

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ある男をどう評価するか、今日の話題であった。遅刻の常習犯で上司の命令は無視するというような男なのだが、仕事をやらせれば並以上の成果を上げることができる。彼の仕事スタイルを認める奴もいれば、とことん嫌って低い評価をする者もいる。彼の評価を低く見る連中に見られる傾向は、仕事ではなく主にプライベートにおける態度に関しての評価で、例えば、酒好きで離婚経験があるということを問題視する。
ここは仕事の場なのだから、仕事の結果だけで評価すればいいという論理は通用しないところがある。

学習

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花粉症の薬とアルコールが反応して昨日はひどい目にあった。昼まで起き上がる事ができなかった。昼過ぎから仕事だったので熱いシャワーで無理矢理身体を起こして出かける。2時間ほどで帰って来たが、身体のだるさが抜けない。ソファに寝転がって推理小説を読み続けた一日だった。
今日も午前中までその余韻が続いていた。アルコールと強い花粉症の薬の飲み合わせはあまり良くない事を今回学習した。

能の知識

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この前、外国から来た人に会った時、能が話題になった。その人は外国人でありながら日本文化に造詣が深く、能に関する著作すらある人だった。私は生まれてこの方、能を見た事がない。いや、記憶を辿ると高校生の頃、古典芸能の鑑賞教室か何かがあって、解説付きの能と狂言は見た記憶がある。
能について一応の事が語れないのは恥ずべき事か、大方の日本人は能について語ることができないだろう。いや大方の人のことはどうでも良くて、私が何かを語るとしたら、オペラではなく能についてでなくてはならない筈なのだ。

飲み屋も不景気

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昨夜友人達と飲みに行って、二次会はどうしようということになって、そうだ、あの店にまだボトルがある筈だと言う奴がいてそこへ行ってみると、店はたたまれていた。何だ潰れたのか、ママはどうしたんだろうなどと言いながら、ここまで来たのだから、じゃああの店はどうだろうとビルの3階にある店に行ってみると、そこも無くなっていた。
それで、我々は気分が沈んでしまって、そこで解散することにした。散財しないで済んだということだが気分は晴れない。

とがらない

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友人に、とがらない方が良いと言われた。そんなにとげとげしいつもりはなかったのだが、無意識の動作とか言葉遣いにそう言うものが現れているのだろうか。
自分では軟弱で気弱な小鳥のような奴と自己分析しているのに。
とはいっても結構頑固なところもあるので、そこは柔かくいってみようか。

宴会の幹事

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明日遠方から久しぶりに友人が来る。数年ぶりに顔を見ることになる。こちらにいる彼との共通の友人達に声をかけてちょっとした宴を企画した。
宴会の幹事を引き受けるのは久しぶりだ。
1ダースほどの人数に声をかけて、8割の参加率だった。今日で明日の事だから参加率は高いほうだろう。会場を予約して、だいたいの予算を決めてという幹事お定まりの仕事。今は宴会の情報もメールで流しておけばそれだけで済む。
昔は、いちいち電話でのやり取りだから時間がかかったものだ。おっとつい昔の経験談が出てしまうな。

家の中は寒い

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花冷えというのだろう、4月とは思えない寒さを感じる。こういう時期の午後遅く外に出るのに何を着るのか迷う。防寒ではたいそうだしかといって、日が陰って風は冷たくなっていくのである。こういう時のための軽いコートがあったのだが、温暖だった去年の春先にもう着る事は無いだろうと処分してしまった。気に入っている服は何度も着てしまうので、生地が傷むのも早いのである。
そんなわけで、少し季節外れとは思いながら、暖かめのジャケットを羽織って出かけたのだが、歩くうちに日が射してきて暑くなるのであった。
いや、この体感温度は家の中と違うのだ。ストーブをしまおうかどうかを迷うこの時期、実は家の中の方が寒いのだ。

プロ野球

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プロ野球の公式戦が始まって、ビール飲みながらテレビ観戦。ああ野球ってこういうものだったのだと改めて面白さを感じた。
WBCとその陰に隠れながらも選抜高校野球があって野球というスポーツは見たりしていたのだが、ゲームの面白さはプロ野球にかなうスポーツはないのではないか。WBCも高校野球も勝ち負けの興味だけだがプロ野球はゲームの面白さを楽しむスポーツなのだ。勿論勝った方が精神衛生上はよいのだが、何よりゲームの行方を監督の立ち場になったりピッチャーになったりバッターになったりとそれぞれの場面で参加できるのである。
しかも、ビールを飲んだり食事したりしながら。なんと贅沢なことであろうか。
サッカーじゃこうは行かないだろうな。

電子オフィス

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私の組織では、この4月から全ての書類のやり取りを電子的に行うようにした。契約やらプロジェクトの決定やらもグループウェア上で行うのである。これで仕事の能率がグンと上がるという触込みだったのだが、全ての業務が停止状態になりつつある。紙の書類のやり取りを単純に電子情報のやり取りに置き換えただけという状況に近いので、柔軟性に乏しく手順が煩雑で1つの書類を完結するのに一日がかりなのである。これまでのように紙ベースなら30分で完結する仕事なのに。
電子メールが運用しはじめた頃、メールを送ってから電話で着いたかどうか確かめるなんて事があったけど、それに近い状況なのである。

寒中の花見

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友人は夕べの寒さ中で花見をしたそうだ。スキーに行くような格好で七輪を持ち込んでの花見。寒いのは承知の筈だったのだが、冷たい雨がぱらついたりして散々だったらしい。しかし、寒空に咲く花はガラス細工のように凛としていたそうだ。その花に魅入られたように、飲めども暖まらぬ酒を飲み続けたのだ。
そう言う花見もあるのだな。

電池切れの留守電

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ほとんど電池が切れかかっている携帯電話を鞄に入れ放しにしていた。
携帯は一応持っているが、有線電話のほうが安心感がある世代なのだ。緊急事態か飲み会のときに待ち合わせの場所を確認する程度の実用性しか感じていない。
だから鞄へ入れっぱなしになるのである。
電池を回復すると、画面が起動して留守電が入っていた事が分かった。珍しい事があるものだ。しかし、もう夜中で電話が入れられた時から4時間は経過している。返答する時間ではないので、明日の朝、有線電話でどういう用件だったのか確認しようと思う。

年度末

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会計年度が四月始まりの組織は、今日が年度の終わりで、形式上の帳簿の締め切りを行う。会計の担当が銀行通帳と現金をチェックしている横で、人事異動で組織を離れる奴が荷造りをしている。毎年同じように繰り返される風景だ。
明日から新しい年度が始まるのであるが、気分も改めるために鞄を買った。
買ったのはいいが、新しい鞄に入れるのに古い書類しかないのが少し寂しい。

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