2009年5月アーカイブ

眠る男2

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グレゴリオ聖歌のコンサートだった。午後二時過ぎ、普段でも昼食後の一段落の後の眠気に教われる時間である。あの安らぎを演出するハーモニーは天国へ誘う。その天国とは、夢の世界。眠りの中の。

眠る男

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もう10年以上前になるが、職場にナルコレプシーの症状を持った男がいて、その当時はなんと緊張感のないだらしない奴だと思っていた。寝ている姿を見ると、怒りのような感情がわいた。
もっと仕事をまじめにやれよという、幼い正義感のようなものだったのだろうな、今思うに。
ナルコレプシーという知識はあったのだが、薄っぺらな知識であったのだ。
今私の斜め前に座っている男は、必死に眠気と戦っている。いいのだよ、眠りなさい、その眠気の原因はどうあれ、今眠っても私は赦せると思う。
昔より、余程寛容になっているのだから。

書類を作り直す

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今日は忙しかったなあ、と思う。昼飯食いながら書類作ってたもんな。午後は1時半からの会議が常識なのだが、今日は何故か12時50分からだ。それに間に合わせるために食事しながらの作業ということになったわけだ。
その会議で使う報告書の出来がもう一つで、手を入れている間に結局作り直してしまった。部下の作った書類を信頼できない上司が昔いたのだが、自分がそうなるとは思わなかった。

セクションの壁

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石の上にも3年というけれど、人間は一ヶ月もあれば環境に馴染んでしまうものだ。今日別のセクションが進めているプロジェクトの情報が必要になり、2ヶ月前までこちらのセクションにいた男に情報を出してくれと頼んだら、簡単に断られた。プロジェクトの根幹に関わる情報なので出すわけにはいかないと言う。おい、一ヶ月前まではこちら側の仲間として、やっていたじゃないかと言ってみても無駄であった。心は完全にこちらの組織を離れて、あちらの組織の人間になりきっているのであった。
情報を共有する事が、双方にとってベストの選択である、と言っても、それは理論上の事で現実的には派閥利益のようなものが幅を利かせている。

記憶の限界

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久しぶりにアクセするアプリケーションは、個人情報管理のためのソフトで起動するためにはIDとパスワードが必要なのだ。しかし半年ぶりに使うので、キーワードをすっかり忘れている。どこかにメモしてあった筈なのだが、それがどこか思い出せない。さっきまで、手帳やノートの類いを探し、コンピュータのメモファイルをあたってみたのだが、見当たらない。
家の電話、携帯、会社のID、会社のコンピュータのログインID、会社メールID、銀行の暗証番号、クレジットの暗証番号、自宅コンピュータのログインID、メールのパスワード、ブログのID、FTPサイトのIDとそられ全てのパスワード。なるべく意味の無い数字やアルファベットの組み合わせなんてもう考えられないし、第一覚えられないや。
IDとパスワードを管理してくれるネットサービスやソフトがあるのだが、結局それもを利用するためにIDとパスワードが必要になる。
何か良い解決方法はないものか。

視線

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何年かぶりにジャズコンサートなるものに行った。ビッグバンド系のジャズだった。クラシックコンサートと違って堅苦しくないのは良いとして、マナーはどうだろうか、こういうコンサートの聞き方というもの。
というのも、隣の席には子ども連れの親子が座っていて、ずっと小声で話しているのだ。昔映画館でも、ストーリが理解できない連れのために、場面の流れを解説しているアベックがよくいたが、そういう感じで話している。
いくらジャズだから自由なのだ、ジャズの聞き方には形式はないのだと言っても(本当にそう言っているのかは知らない)、隣でぼそぼそ話されたのではどうもそっちが気になるので、思わず「シーッ」とやってしまった。それで、彼らはおとなしくなって、私は音楽に集中できるようになったのだが、その後は、隣の親子から非難の視線を横からずっと感じることになった。
それは、「私達は、こういう聞き方がジャズっぽいと思っているのよ、クラシックみたいに静かにさせるなんて、ださい奴」というような訴えに聞こえるのであった。

再びのクレーマー

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数年前まで、私はクレーマーの対応窓口のような事をしていた。セクションが変わって、この2年ほどクレーマー対応は無かったのだが、現れました、お客様は神様が。二時間ほどクレームを繰り返していた。
経験上、この時期に多いのである。春になって桜の花が散って、若葉が開き始める今頃。彼らはクレーム心に目覚めてやってくる。
何が作用しているのだろう。冬から春になり生命が躍動始めるこの時期、彼らの精神も躍動するのだと想像するのだが、そういう周期がある事が分かっても、何の解決にもならない。メンデレーエフの元素周期律表は、未知の元素探査の解決に役立ったというのに。

交流戦

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交流戦が始まって、少し気分的に落ち着いている。交流戦はどうも感覚的にオープン戦になっている。だから、勝敗にこだわらずに観戦することができるのである。それが、心の平穏をもたらしてくれる。

新型

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昨日から一転して調子悪い。気分が乗らないのである。いつもなら30分で終わる仕事が、半日かかっている。
昨日のテンションを今日のために半分残しておけば、入れ合いがとれているのに。しかし、こんなに気分がエレベーターのように上下するというのは、何か良くない兆候かもしれない。つまり、新型の何かの可能性がある。新型の何かっているのは、新型だから対処はできないが、問題な何かなのである。

何事だ

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何故か今日は朝からハイテンションなのである。家を出るとき見たテレビのモーニングショーの星占いでは、今日は星回りが良くないと言っていた。
そんな事とは関係なく、職場ではハイテンションだったのである。理由は全く分からない、右から左へ書類を処理し、電話を捌き必要なアポイントを取って、A4に5枚のレポートを仕上げてまだ10時半だったのだ。
一体、私に何が起きたのか。

メモする道具

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友人はメモする道具の最先端として、キングジムもポメラを盛んに推薦していた。数ヶ月前の事だから今はどうか知らないが。キーボードでささっと思いつきをメモして、後で編集するという機能は簡単に実現できそうでできなかった。
それはファイルの互換性と機器同士の接続の問題があったのだが、テキストファイルとテキストエディターが互換性の問題の壁を低くし、機器の接続に関してはUSBメモリーが媒体となってかつてのフロピーディスクのような簡便さが実現している。
私もポメラには心動かされたのだが、その前にエアペンという書跡をイメージとして記憶しコンピュータに取り込み際にOCRで手書き文字をテキスト化するシステムを購入したばかりだった。両方とも約2万円だから、二重に投資するのは少しもったいないので、私は手書きでいこうと決めた。
しかし、電器屋へ行く度にポメラの値段が下がってないかチェクするのは、まだそっちの方が良いのかもと思っているからに違いない。
でも、そういう事を吹っ切るために新しいメモ用の手帳を買った。コクヨのメモとかロディアとかいろいろ使っているのだが、それらのメモ帳はとじしろが上なのが気に入らない。というのもエアペンは用紙の上部に読み取りの装置を付けるので、実際に使うときにはメモ帳から一枚一枚のシートにして使っていたのだ。帳面のように左右に開くタイプならいいだろうと、いろいろ試していたのだが、最適なエアペン用の手帳を見つけた。
それは、コクヨの測量野帳と言われているアウトドア用の手帳。篤さはミリほどで薄く、紙製なので軽くて携帯に便利でかつ表紙は非常に丈夫な厚紙なので、そのまま下敷きになる。という優れもの。1冊150円ほどなので、まとめて10冊買った。しばらくはこの手帳を使うことになる。

遠方より来た友人

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北の果ての地からやってきた人々、北極圏とかそういう事ではなくて日本の領土内という事だから北海道になるのだが、その友人たちを迎えて、わが町らしい想い出に残るようなところへ案内しようと思うのは人情だと思う。
ところが彼らはすでにそういうところを知っていて、この場所はこういう謂れのあるところですよね、などと私の案内より先に言うのである。
地元の私としても、それ以上に説明することがない。
彼らに聞いた、なんでそんなに詳しいのかと、ネットで調べたと答えた。そういうことか。彼らは、ネットで調べた事以上の情報をこの地で得ようとしているのだ。
しかしいいよ、勉強熱心なのは、しかしこんな田舎では、例えばミシュランのランキングに該当するとしたら一軒だけになる。次のランキング店は隣の県のどこそこなのだ。
パブリックになっている情報以外は、プライベート情報に近いアンダーグラウンドな情報が有効という勝手な思い込みは止めて欲しい、ということを誰に向かって言っているのだろうね。

夜中、無駄に起きている

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昨夜は寝苦しかった。どういう訳か目が堅くて、3時頃まで起きていた。その影響で今日は一日中眠かった。頭の中に何か一枚薄い紗があって、くっきりはっきりしないのであった。原因は分かっているのだが、症状は改まらない。一時間に一度トイレで顔を荒い、苦いコーヒーを飲み続けるしかなかったのである。
その反省で、今夜は早く寝るかというとそうでもない、もうすえに日付は変わろうとしている。何か生産的な事をしている訳ではない。

濡れた本

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風呂で本を読むのが癖になっている。湯船につかって読むのである。風呂の湿気は本に悪いのは承知である。私の場合は、片手で持てる文庫本か新書に限られるのだが、本を大切にする人ならそういう真似はしないし、もし風呂で本を読もうとするなら、ビニールコティングされた風呂用読書本を持ち込むだろう。
湯気で本が少しふやかるぐらいならまだ許せるだろうが、昨夜はついうたた寝をして湯船に本を取り落としてしまった。
あっと気づいて、拾い上げた。表紙はコート紙のような堅い紙なので濡れを拭き取ったが、小口部分の水分はどうしようもない。
今朝見たら、水分を十分に吸った小口部分がパーマネントをかけた髪の毛のようにウェーブしていた。読むのには支障はないが、風呂場で取り落とした本という記憶はその本にずっと刻印されて、見る度に私の心を痛めるに違いない。
これで4冊目だけど。

閻魔様

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子どもの頃、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるぞ、というのが大人達の子どもに対する道徳的脅しみたいなものだったのだ。最近は全く閻魔の事が話題にならないのは何故か。そういえば、悪い事をするとおまわりさんに連れて行かれるよ、というような言い方もあった。嘘つきは閻魔様で悪い事はおまわりさんという正義の守護者がいなくなっているのだ。
閻魔大王がどういう事をしていたのか、私の記憶の中では地獄の入口で良い人間と悪い人間を振り分けている存在だという事だけだ。閻魔って誰だということで最近、閻魔に関して調べる事があって、認識を新たにした。
閻魔様って言うのは十王経という中国で作られた偽経が日本に入ってきて日本で独自に発達した死後の人間を道徳的に裁く裁判官のようだ。
しかも、この世からあの世へ行くのには10回の裁判を受けるというのだ。今で言うなら十審制の裁判制度ということ。
で、その具体的なシステムというのは、死んで第7日目に第1回目の審判を受け、7日ごとに亡者を裁くという事になっている。5回目の裁きの35日目が閻魔の担当する裁判で第7審まで続き、その後100日目の裁き、一年目の裁き、3年目の裁きで全ての裁判が終わるというものだ。
要するにこれは、今日の葬式のシステムそのものではないか。初七日、二七日(ふたなのか:14日目)、三七日(みなのか:21日目)、五七日(35日目:忌明け)そして49日(満中陰)と、いくつかの日はまとめてしまうけれどいずれにしても、7の倍数の日は、葬式後のイベントとして関係者が集まる日とされている。
どうして集まるのかと言うと、それぞれの裁きには情状酌量の余地が残されていて、それぞれの裁きの日に人が多く集まると、その人の徳があったという事で最上が軽くなるということらしい。
5回目の閻魔大王の裁きの日が重要視されたのは、大方の罪はこの日で決まるという事で閻魔様が恐れられたという事だ。
そういうシステムを理論化したのが十王経という偽経、中国で作られた仏教めかしたシステムということである。
あまりにシステマチックなので、日本では最もオーソライズされた仏式の葬儀体型になっているという事なのだねえ。なんともはや。

メンデルスゾーン

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連休の終わりにコンサートに行った。どうでもいいことだが隣の席には男が座っている。本来なら女性のはずだったのに。私の友人はある本の中で、隣の席に美人座れと念ずるエピソードを書いているがまあそういうものだ。
なかなかいいコンサートで、ピアノ協奏曲は聞き物だった。音楽に関しては言葉が少ない私であるが、よく響いたと言っておこう。何曲めだったか、プログラムを見るとメンデルスゾーンの曲だよ、少し眠りそうになった。それは多分気持ちよかったんだろうね。現実と夢が混濁するような感じだった、こういう感じがいいんだよな、決して眠っていないと思う。

甲子夜話

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甲子夜話を思い出したように読む。この時代に人の感覚は今の人に通じるところもあるのだが、やはり独特の道徳観で判断し記述している。私が、ああこれは面白い見方だなと思えるようになったのは最近の事。
それまでは、自分中心の狭い了見の中で、なんという蒙昧なことであるかというような見方をしていた。そういう批判的(批判的と言えるかには別の問題がある)な見下す読み方が面白いと思っていた、ということである。
それはそれで一つの態度だったのだが、このところ変わってきているね、と自分で思うのだが、どうだろう。

連休はもう後半

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世間はもう連休の後半なのだそうだ。高速道路は渋滞だというニュースが流れている。毎年繰り返されるのだから、少しは学習しろよと言いたいがそういう事が連休を実感するツールなのだろう。連休明けに「いやー参ったよ、渋滞にはまっちゃって」などと報告する事が社交なのだ。
土曜日にやっと休みという実感を持って、じゃあこの際のんびりしてみようと、甲子園のデーゲームの中継をビールを飲みながら見ていたら、いつの間にか寝てしまった。今日の甲子園のナイトゲームもぱっとしない内容で、このまま休日の晴れ晴れ感を我がものにしないまま過ぎて行くのだ。

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