2010年3月アーカイブ

また、新しい年度をまたぐ

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信じられないよ、コンピューターの画面を見ていると目がしょぼしょぼするようになった。
夕べ、YouTubeを見ていたけど本当に目がかすむのだ、信じられないよ。
つまり、とうとうやってきた「目に涙、歯を磨けども、息臭し」の世界。こんなにじじむさくなっていいいのだろうかって、自分の歳を自覚しろよ。

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友人は作家兼編集者で要するに自由業なのだ。毎朝上司の監督のもとへ仕事しに行く必要もない。
その友人が、仕事上の必要で閉じこもりになったようだ。多分それは、自宅へ軟禁状態になって原稿を書き続けるという事なのだろうけど、その間にかなりひげが伸びたと言っていた。仕事が一段落した後、それを時間かけて剃ったらしい。
私は3年前にひげを貯えてた事があった。実は、私の商売は、セールスマンに似た客商売なので偉そうに見える髭は御法度なのだ。それは、決まりとかではなくて、この業界の暗黙の了解であることは確かである。
だから髭を蓄えた場合、成文化されてない限り誰も止められないだろうし、止める理由はないだろうと判断して、髭を蓄えてみた。
結果は、散々だった。友人達から髭を蓄えるについて、もとより賛同は少なかった。早く剃れという意見が圧倒的だった。
自由の象徴の髭なのか、いや自由というより、権威主義の象徴なのだろうね。

人事異動

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人事異動の発表があった。人事サイドとは前から打ち合わせをしていて、誰を異動させるかを内定していたのだが、その予定を覆す内容だったのでびっくりした。人事は発表されないと分からないとは言うが、それは自分の異動先が分からない事であると理解していた。まさか調整済みの案件が別の力学で覆るとは思わなかった。
発表された異動内容はもう変らないので、それに対して異論を唱えても無駄な話なのだが、なぜこういう結果になったのか情報を集めてみた。どうもナンバー3が情実人事を指揮して、そのあおりを私のセクションが受けたようだ。
昨夜は、どうも寝られなかった。納得がいかない感じと仕事の分担の再構築をどうしようかという思いがないまぜになって頭の中をぐるぐる回っていた。
眠れないので、明け方まで本を読んでいた。呪文の理解できなくて眠くなるような思い切り難しい本を。そう、かつて難しくて理解できずに数ページで諦めた本だ。ヴィトゲンシュタインの論理哲学論考、ずっと読み続けた。文庫の半分ぐらいまでいった。けど、今朝はなんも覚えてない。活字の字面を追いながら、別の事を考えていたのだろうと思う。

花粉の香り

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今は杉の花粉の真っ盛りのようだが、私は去年と違って鼻づまりも少ないし、そんなに苦しくない。私の回りの花粉症患者は、結構苦しんでいるのに。
思い出せば、私の友人は3年前に亡くなったのだが、その年の春、私と同じように花粉症で苦しむ筈の彼が「今年は、全くアレルギー反応がない」と自慢していた。でも彼はその夏の終わりに死んでいった。多分、彼の抗体反応はがん細胞に向かっていたので、生命に関係ない花粉アレルギーには反応しなかったのだろう。同じ事は私にも言えるのかもしれない。今年の私の抗体はアレルギにーに反応しなくなっているから。
だけどなあ、花粉の香りは感じるんだ。杉花粉ではなくて、例えば梅の花粉、パンジーの花粉とか。

この国の姿

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うーん、何だか今人気の司馬遼太郎が付けるタイトルだ。そうだ、一度東大阪にある記念館に行かなければ。
本論はそうじゃなくて、友人と話をしていて、この国はいよいよ貧しい、と意見が一致した。あちこちにその証拠が見られるようになった。少し前までは偶発的な事象であったものが、頻繁に見られるというのは、これは潮流でしょう。
証拠を示すと、九州のとある小さな市では市長の独裁で、市政が混乱しているとの記事が日経新聞に出ていた。そこは今流行の行政改革を断行する事で有名な市なのだが、行政改革そのものの是非はともかく、弱小の地方経済は業種間の賃金差をも政治的なエトスとしてしまっているのである。そういう地方の姿が貧しいと。これは経済的な意味と人々の心の持ちようの意味とを含んでいると勝手に思っているのだが。
これはあくまで例示だが、実はこの国に蔓延しつつある状況で、私は自分の住んでいる町に置き換えて納得したのである。
友人はこれを「じり貧」と表現したのだが、結構深い言葉である。

久しぶりの大阪

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急遽、大阪へ出張することになった。昼前の新幹線に乗り込んで、新大阪駅に着いて慌ただしく食事をして伊丹の手前まで行った。そこで、2時間ほど打ち合わせをして、宝塚線で十三まで戻った。若い部下と一緒だったのだが、まあ一仕事終えたので一杯飲もうと、十三駅で十三の商店街へ出て、夕方から飲み屋へ入った。
その店は昔、友人と入った記憶のある店で、ちょっと懐かしかった。大阪へ行く際には、大阪にいる友人に連絡を取るようにしていたのだが、今回は淀川を超えて大阪市内に近寄ることはなかった。

つぶやきと表現

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今日友人達と飲んでいて、ツイッターをやっているという事を告白した。告白というほど言葉上の意味はない。ただ、ツイッターでつぶやくという、コミュニケーションではない発信の意味を伝える事に苦労した。別に私はツイッターの協力者でもないけど、ツイッターとはどういうものかは、実は情報伝達の意味を考えさせるものだなと実感した。
友人はツイッターとは、人々の混濁したつぶやきを自動的に整理して示すというようなものを考えていたらしい。実は私も、そういうつぶやきを整理する場があるのではと感じていたのは認めるのである。
でも、そうではない、つぶやきとは期待的なコミュニケーションなのだと説明したのだが本当にそうなのか分からない。分からないから、分かろうとしてツイットしてる、ということだ。
孤独なつぶやきが、集まれば意見になるって本当なのかな。え、誰もそんな事言ってない、実はそれもつぶやきなんだよね。
じゃなくて、つぶやきが集まれば表現になるのか、という事を考えたかった筈なんだけど、俺の思考では限界だな。これもつぶやいておこう。

俳句をやってみようか

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俳句は定型句の中の一番短い形なんだよね、多分。伝統的には和歌あるいは短歌という、五七五七七が基本なんだろう。
でも江戸期以来の教養人の常識は俳句の形式、五七五の言葉の音韻の組み合わせだろう。別の言い方をすれば、短歌形式は古い時代の貴族的な形式で、より易しい形式の俳句が庶民的であるから支持された。
なんでこなことを言うのか、夏目漱石の書簡集を読んだから。その中に正岡子規とのやり取りがあるのだが、明治の日本人の教養のベースに俳句があるのだ。
と、いうことを改めて知ったので、俳句を学んでみたいと思って、信頼している友人に相談を持ちかけた。彼は国文学科の出なので、そういう事には詳しいと思っていたのだが、基本は歳時記を座右の書にして、実作するしかないという。
まあ、それはそうだがあまりに当たり前ではないか。でも一番気になるのは誰がその句を評価するのか、これなんだな。
彼も言っていた、どこかの句会に属すればどうかと。
そうだよね、江戸時代は句会が文化的社交の場だったのは確かだ。現代の我々が駄洒落とか言葉遊びを酒の席で楽しむように、江戸の人々も俳句や川柳の五七五の言葉の形式で楽しんでいたのだろう。
酒の席で楽しむ言葉遊びという評価があった、連歌から形式的に独立して行ったのが、俳句であり、それにリズムが付加されたのが都々逸とかではないか。
まあいいや、五七五の音韻のリズムで規定された言葉による表現の形式を、追求してみようと思う。

3月3日に忘れた事

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3月3日に忘れた事など特別にないのである。
いやあ違うな、毎日のように忘れている事はあるので、3月3日において、周囲の状況に影響を及ぼすような忘却はないという意味にしておこう。
今日忘れていなかった事とは、会議の時間に会議室に行く事とか、手帳に記された時間に、私の事務所に来る人に会って、とりとめもない話をするという事は忘れていないし、今日はスケジュールを時間通りにこなしたのである。
そういうルーティンな日常の中で思考も平準化してしまうのであるが、時にいわゆる思いつきというのが閃く事がある。
今日の閃きは、すごかった。これは俺の人生を変えるのではないか、それくらいのインパクトがあるアイデアだった。
これは、いいと思って、忘れないようにメモしておこうとしたのだが、そこはエレベーターの中だった。ポケットを探っても、紙がない。ボールペンで手のひらにその思いつきのキーワードを書いて、約束の人に会いに行った。
二時間後に机に戻って、何気なく手のひらを見て、ああそうだ、すごくいい事を思いついたっけ。
と、そこまでは思い出したのだが、キーワードからはその思いつきが連想できなかった。
何を考えていたのだろう。
え、でもすごい事を思いついたのだとしたら、忘れる分けないよね。多分今日忘れた事は、すごくつまらなくて、忘れても良い様な事だったに違いない。

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