2011年5月アーカイブ

鳴かぬなら

| トラックバック(0)

鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス、鳴かずとも 鳴かしてみせう ホトトギス、鳴かぬなら 鳴くまで待よ ホトトギス。
鳴かぬならとお題を振られれば、誰しもがこの三つの句を頭に浮かべるのだと思う。織田信長と豊臣秀吉と徳川家康の3人の天下人の考え方を誠にうまく言い当てていると感心する。当然だが、この句を彼ら本人が作った訳ではない。
しかし、誰が言い出したのだろうか。
最近はこういう疑問でもネットで検索すれば、すぐわかる。
これは江戸末期の随筆集「甲子夜話」の著者の松浦某だと。そうなんだ知らなかった。
「甲子夜話」は江戸時代の逸話の種本として有名で、江戸に興味ある私としては、読み進めるには難しい漢文調の文体なのだが、よっぽど暇なときに少しづつ読んでいる本である。退職して晴耕雨読の悠々自適の生活になったら、ゆっくり読もうと思っている本でもあるのだ。そうか知らなんだ、まだ読んでない所にそういう事が書いてあるのか、と思った。愛読書というわけではないが、気になる本だ。
何年前だったか、名古屋の大きな書店でこの本のバックナンバーを探していたとき、一緒にいた友人は「甲子園のナイターの話のどこが面白いの」と言った。この冗談は私は結構好きで、そういう発想ができる友人が好きだった。いやいや、話はそういうことじゃない。
私は最近、徳川家康に興味を抱いているのだが家康は基本的に人気がないようなのだ。信長、秀吉、家康の3人の天下人の人気投票をしたら多分この順番なのだと思う。信長は独断と実行力で戦乱をおさめた、秀吉は知恵と才覚で天下を治めた。家康はじっと待ってその成果を自分のものにした。
なんだよ、棚ぼたじゃん、家康の評価はそういう感じなんだろう。
私は、家康の不人気は明治以後になっての事だと思っていた。なぜなら明治政府は江戸社会の支配者である徳川将軍家を悪く言う必要がある。それは自分の統治の正当性を主張するための必然なのであるが。
明治政府の宣伝で、我々は江戸時代が未開明の遅れてくらい時代だったと思わされている、と。
だから今そのくびきから放たれて、徳川治世の偉大さを見直そうと、そういう時代になったということなのかな。
私はそれはそれで意味のある事なのかと思う。明治維新から百年以上経ってやっと江戸時代を民族的アイデンティティとして認めようということについて。
ただ、徳川時代の始祖である家康の不人気が、明治以後になって作られたものではなく、江戸時代の庶民感覚として不人気だった、けど崇敬されていた。
それって、今の民主党の菅直人と同じじゃん。大衆的支持つまり人気と統治の正当性が合致してないという意味で。あかんな一応民主主義の今の日本の枠組みと江戸初期と同じように考えようとしている。
つまりもっと単純に考えよう。家康はいい奴か悪い奴か。
それなら、悪い狸親父だよな。

デジタル写真の紙焼き

| トラックバック(0)

連休も終わりだ。とは言っても、連休に何かした訳ではない。ただひたすら会社という場所に連続して行かなくてすんだと言う事、それが私にとっての連休なのだ。
震災を慮って自粛したとか、そういう事ではない。どこへ行っても混みそうなので外出を控えているだけだ。この10年来、5月の連休はそういうふうに過ごしていたのが普通だった。
ところが、今年は連休の始めの頃の日程に、古い友人が同窓会を企画してくれた。懐かしさもあって、その同窓会に出席するため大阪へ行ってきた。なんせ20年ぶりくらいだと思う。
というのが前振りで、その同窓会で写真を撮ったのだが、それはそれでいい。
今はほとんど全員が、カメラを持っている。カメラというと大袈裟だな、画像記録装置というのが正しいのか。その装置も昔ならニコンの一眼レフカメラというようなものから携帯電話の撮像機能までバラエティに富んでいる。
同窓会と言っても居酒屋での飲み会なのだから、みんな勝手に固まって話し込んだり近況を報告しあったりということなのだが、それぞれカメラでしっかりと映像を記録している。その撮り合いがおもしろかったりするのだが。
さて、連休の真ん中頃に幹事から連絡があった。同窓会の記録写真どうしようと。私は、必要な写真は自分で撮ったし、そのデータは幹事である彼に既に送っていたので、公式写真係がいたわけでもないし、どうでもいい事ではないのかと意見を言った。ところが、彼は参加できなかった連中にどうやって伝えるかを考えていたのだ。
私は彼のもとに集まった写真データのいいやつを選んで、それを送ってやればいいだろうと思った。どころが参加できなかった連中のメールアドレスがない、というか把握されてないのである(しかもそのうちの一人は震災を受けた地方に住んでいる)。ということはプリントアウトして郵便で送るしかない。
しかも、幹事役の彼はまともなパソコンとプリンターを持っていなくてデータをプリントアウトできないというのだ。なんというデジタルデバイトだ。
しかし、私も簡便なインクジェットのプリンターは持っていない。仕方ない、私がカメラのキタムラへ行って印画紙にプリントしよう。そこで初めてデジタルデータのプリントサービスを使う事になった。
デジタル写真データの印画紙焼きというのも変な言い方だが、かつてのフィルムの現像とプリントというものと同じようなものだと想像していたのだが大分勝手が違った。
店においてあるモニターに写真を映し出して、どの写真を何枚プリントするなどと自分でデータを入力するのである。これを店側では注文すると言っていたが、どうも違和感があった。私の感覚では、必要な情報を店に与えて、処理を指示するのほうが合っている。
注文じゃないよと思う。

このアーカイブについて

このページには、2011年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2011年4月です。

次のアーカイブは2011年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.27-ja