2013年9月アーカイブ

宿場町を歩く

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舞阪の町を歩いてきた。舞阪は浜名湖東岸の小さな町で、平成19年までは舞阪町という独立した自治体だった。浜松市に吸収合併されて今は浜松市西区舞阪町という知名になった。この町は合併当時で一万人ぐらいの人口だった。小さな町だったせいか、東海道五十三次の宿場町で結構古い町並みが残っている。とは言っても中山道の妻籠のような訳には行かないわけだが、かつての脇本陣が奇跡的に残っていて史料館のようになっている。また、戦争で空襲などを受けなかったから想像力のある人だったら江戸時代の宿場を思い描くことが出来る程度に宿場の軒並みが残っている。そこを写真を撮りながら歩いた。妻籠を歩いたときも感じたのだが、古い家に暮らすのは不便だろうなと思いつつ、その隣の近代的な意匠の家を見ると、何でもっと古い町並みのままにしておかないのだと勝手に批判したりするのである。

今日の浜松アートシーン

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ポーランド市民交流の会の影山さんはワルシャワの舞踊団を招いた。ポーランドの代表的な民族舞踊のマズルカやポロネーズを紹介し舞踊を通じて市民交流をしようという企画。ポーランドとの交流は20年続いているらしい。継続は力なり。
また、スイス人の芸術家が市内で作品を作っている。これを応援しているのが浜松芸術音楽支援機構の平野という人らしい。
9月27日の中日新聞・遠州版より

防災意識とサバイバル

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知人が主催しているNPOの地域防災減災講座というのに出席した。
東北の被災地に行って、現地をつぶさに観察してきたその報告と、東南海大地震がいつ襲ってきてもおかしくないこの地域の防災に役立てるための講座である。
非常持ち出し品リストは結局、登山やキャンプの携行品の考え方に似ている。
キャンプなんてのはレクリエーションだけれども、サバイバルの練習のような所がある。電気ガス水道という都市生活のインフラがない所へ行って二三日生活するわけだ。
そういうアウトドアライフって結構好きだったけれど、年を重ねるとやはり面倒になるねえ、いろいろ準備をするのが。だから、河原でバーベキューというか芋煮会というかそういうものになって行って、いまでは企画すらしなくなった。
しかし、地震防災訓練なんて言うと地域防災隊とか言ってなんだか戦時中の防空演習みたいな感じになるのが、少々馴染めない。大事なことだとは思うけど。
東北の津波災害でも、究極は自分の命は自分で守り、被災しても生き残ったらどうやって生きて行くかというサバイバルの知識を個々に持つ方が有効だということが分かってきたらしい。
だから、町内会で何かやるにしても、芋煮会とかバーベキューとかをやって炊き出しやサバイバルの練習をしながら楽しんだ方がよほど良いのではないか。

都市の風格とは

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地方都市の風格・歴史社会学の試み(辻村明著、2001年東京創元社刊)を読んでみた。
地方都市観察者として観察だけではなく理論的な知識も必要だろうという興味で手に取った。というのは後付けの理由で著者の辻村明という人は浜松出身の社会学者で、地方文化、地方活性化について発言していると偶然知りその著作を読んでみたのである。
その論旨を簡単に言うと、真・善・美が都市の風格をつくる。それを表す歴史的遺構や存在が城下町、軍隊の配置、旧制高校の配置であるとし、この三要素を風格の主体とするのである。
なぜそれらが風格の主体となるのか。その理由は、城下町であった遺構の城郭は真善美を追求した武士道の体現者である侍が蟠踞した場所であるので、風格を醸す。
また、軍隊が駐留した軍都はその武士道精神を体現した軍人が蟠踞した。そして旧制高校は実学よりも「真・善・美」の形而上学を学ぶ所だった、それ故に風格の伝統を築いたということである。
まあそうかな、言わんとする所は分からんでもないが、どうも我田引水、牽強付会の感じがするなあ、と読み進む。
ところで、歴史社会学について辻村先生は、A・インケルスの「社会学とは何か」(辻村明訳)において分かりやすい説明をしている。「歴史学者は原則として因果関係の探求は差し控える、彼らは物事がどのように起こったのかということを立証することで満足する。
社会学者は出来事の間での相互関係を追求しさらには因果関係まで引き出そうとする。」この辺の論旨は全く納得するのである。
そういう序論の後、まず、城下町とその城下町を支えた藩主たちの動きを述べる。藩史大辞典を元に各藩の歴史が語られるのだが、それと社会学とどう関係するのだと突っ込みたくなるほど延々と日本中の藩の略史が語られる。いい加減にしてくれ、単に紙数を稼いでいるだけではないのかとあらぬ疑いが頭をよぎる。
次が、軍隊の地方都市への配置と軍隊の消長について書かれているのだが、これまた歴史的事実を列挙するのみなのだな。
ただ、軍隊の配置が地方都市の人口規模、消費規模に大きな影響を与えるのでので、各都市は今日の工場誘致並みに軍隊を積極的に誘致したという情報は面白かった。
さらには、旧制高校などの教育機関の立地についてだが、このあたりになるともう読むのが面倒でかなり飛ばした。なんだか、旧制高校の寮歌の解釈などをしている。
はっきり言って、この本は読むのは時間の無駄だったな。でも、何か面白いことがないかと最後まで読んだ(途中かなり飛ばしたが)ので何か書き残しておこう。
この本は、歴史だけで社会学が存在しないのである。社会学らしい所は城趾、軍都、旧制高校の配置状況から点数をつけて、風格の序列化をするという作業をしているのである。
だから、本としては、序論と最終章の点数表だけで十分なのである。城と軍と旧制高校だけで地方都市に点数つけて序列化する意味があるのだろうか。ああ、この本の存在理由を疑ってしまったな。都市を比較するに人口や経済状況以外の物差しで序列化しようとした業績は認めなければならない。
それにしても、都市における風格とは何か、これは論を改めよう。

ゆるキャラ

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「ゆるキャラ」の提唱者であるみうらじゅんは、あるキャラクターが「ゆるキャラ」として認められるための条件として、以下の三条件を挙げている。1.郷土愛に満ち溢れた強いメッセージ性があること。2.立ち居振る舞いが不安定かつユニークであること。3.愛すべき、ゆるさ、を持ち合わせていること。(wikipediaより)
ある都市はその都市のマスコットキャラクターをゆるキャラグランプリの人気投票第一位を目指して市役所一丸となってがんばっているらしい。新聞記事による伝聞なので本当のところはよく知らないのだが。
しかし、がんばって一位を取るってすでにゆるくない状況であると思うね。AKBの総選挙じゃあるまいし、一位を取ってどうするの、どうしたいの。ゆるキャラ卒業して、お笑いの世界に転身しようとでもしてるのかね。

熊倉先生の話を聞く

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熊倉功夫先生の講演会に行ってきた。テーマは日本の食文化について。講演会というよりもう少し規模の小さい50人ほどの勉強会みたいな場だった。先生は、浜松にある静岡文化芸術大学の学長で結構身近にいるように感じるのだがやはり遠い存在で、話はなかなか聞けるものではないので良いチャンスだった。
先生が関わっているユネスコの世界無形文化遺産に日本の食文化を登録しようという話がメインだったのだが、語り方がうまかったなあと感心する。
熊倉先生の本はつい最近「後水尾天皇」と「小堀遠州茶友録」を読んだ。いずれも文庫だが。本を読むまで、単なる茶道に詳しい大学の先生と言う認識しかなかった。しかも茶道に関してはほとんど関心がなかったにもかかわらず、その本を読んで、語り口のうまい先生だなと認識を新たにした。例えば「小堀遠州茶友録」のなかの伊達政宗の項では伊達政宗の生き方と茶の湯との関わりがたったの6ページに凝縮されている。それを読んだだけで、伊達政宗の伝記を読んだより伊達政宗を理解できたような気になるのだ。
だから、今日の先生の話は私の読後感に違わず、内容の濃い話をうまい語り口にのせて次々と展開して行ったのである。こういう先生の授業なら飽きがこないのではないかと思った。
そもそも、どうして熊倉先生の二つの著作を読んだのかというと、寛永文化について多少の知識を得ようと思ったからだ。
寛永年間というのは、室町後期の戦乱の時代が終わり各階層に様々な文化的なサロンが形成されるようになった時代だ。
サロン文化についてまとめようと思っていたので、寛永の後水尾天皇に代表されるサロン文化について知っておく必要があったのである。
この時代のサロン文化と茶事とは切っても切れない関係があるというのは素人でもわかる。
しかし認識を新たにしたのは、茶事とは趣向の結果であるというのだな(聞き違いかもしれないが)つまり、一緒に食事を楽しみ会話を楽しみ、茶を楽しむという順序であって、歌を楽しめば歌会になり連歌を楽しめば連歌の会になるということらしい。聞き書きなので、いい加減だが。

おもてなしの町浜松

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東京オリンピックについては、あまりものを言わないようにしている。
ニュースや報道バラエティ番組でオリンピックの話題が出そうになるとあわててチャンネルを変えている。友人は「テレビのなかでは、あさってか、しあさってにもオリンピックが始まりそうな勢いだな」とつぶやいていたがそういう喧噪状態なので、世捨て人のようにそういう話題はさけているのである。
それでも、総理大臣の原発放射能コントロール発言と滝川クリステルのおもてなし発言についてはいやでも耳に入ってくる。
総理大臣の発言は、論評以前の問題外の外として、「おもてなし」という言葉にはもともと胡散くささを感じていたいたので、滝川女史のおもてなしについては少し書いておこうと思った。
もう20年ほど前のことになるか、1993・4年平成で言うと7年頃だったか、私はその当時観光関係の仕事をしていた、そのときの経験譚。
観光の仕事は、接客がポイントと言われて、ホスピタリティで観光客の満足度を上げてリピーターを増やそうという至極当然のスローガンが掲げられたりしていた。ホスピタリティを日本語でいえばもてなしなで同じ意味だが、20年前はホスピタリティのほうが響きがよかったのだ。
だから観光業界はこぞってホテルや土産物屋や交通関係に携わる従業員はホスピタリティに関する研修なんかをやったりしていた。なんで研修するのかというと、観光業界の従業員はホスピタリティがなかったからじゃないかと思う。ホテルは泊めてやる、土産物屋は売ってやる、交通関係は乗せてやる的な人が多かったのではないかな、きっと。
ところが、その当時の商工会議所は、ホスピタリティ向上の動きについて観光業界だけじゃ物足らなくて、市民全員がホスピタリティをもって観光客を迎えるべきだと言い出したんだ。
しかも、ホスピタリティーという英語じゃ市民に分かりにくいから「おもてなし」という日本語に置き換えて、「おもてなしの町浜松」というキャッチフレーズを作り、市に働きかけてポスターやチラシやステッカーをわんさか作って、あちこちに配って「おもてなし」のムーブメントにしようとしたのだ。
滝川クリステルに言われるよりずっと昔から、浜松は「おもてなし」の都市を標榜しているのだ。20年前からずっと。駅前には「おもてなしの町浜松」という看板まで設えている。20年も言い続けているのは大したものだ。
つい先日の話だけど、ある会合で他県から来て数ヶ月目という人が「おもてなしの町と看板を掲げなければならないほど、おもてなしが下手な浜松へ来て約半年」という挨拶をしていた。
スローガンを掲げているだけで満足するという態度もまたたいしたものだ。
まとまらないが「おもてなし」にはこういう胡散臭い所があるのである。

今夜の月の位置

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私はある同好の士の集りに属していた。Pクラブと言うのだけれど、この集まりって何だったのだろうという自問からぐるぐると考えてしまうのだった。
PクラブにはP大構想というのがあって、例えるなら大阪市長の大阪都構想みたいなものだ。それを聞いただけで、何それ、まったく噴飯ものだと誰しもが思うはずだが、そう思っているのは私だけかもしれない。なぜなら同じ噴飯ものでも、U氏の企画していた博物館構想はテンポラリーなイベントとしていまだに活動してる。たいしたものだ。
私は、その企画に対して反対していたので、彼に会わせる顔がない。
単に目先の利かない頭の悪い堅物ということで受け流してもらえば良いだけのことなのかもしれない。ああこんなことを考えるなんて、すごく事故卑下しているな、今夜は、月の位置が悪いのだろうか。

うんざりだ

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オリンピックオリンピックって、うんざりだな。
騒いでいるのはマスコミと政治家と土建業者だけだろう。

嫌なものを見た

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今日嫌なものを見て、何となくその嫌な気分が拭えないでいるのでここに書いてしまおうと思っている。
いやなものとは、万引きの現場を見たということだ。
いわゆる郊外型のショッピングセンターへ買い物に行った。私が買い物に行くのではなくて妻が買い物をするのにつきあわされる、というか車を運転する係として私は買い物に同行する。
妻はショッピングセンターの食品売り場と日用雑貨売り場へ行くのだが、私は本屋ぐらいしか時間をつぶせないので本屋で本を眺めながら妻が買い物を済ますのを待つのが通例である。
その時間つぶしと待ち合わせに使う本屋は文房具売り場もあって結構広い。その文房具売り場は、隣の本売り場より客も少なくい。そういうところをぶらぶらしていた。
と、50代くらいの普通のおっさんが鮮やかなオレンジ色のペンケースのようなものを握って、そのまま私の方へ歩いてくる。その持ち方は、本来の自分のものを持っているという感じで、買いたい物をこれからレジへ持って行くという雰囲気ではないのだな。その男とすれ違って、何か違和感を感じてた。それは後から冷静に表現すれば持ち方にあったのだ。だがそのときは、変なじじいだと思っただけだ、自分より年下だけどね。
ああこいつ、これをどうするつもりだろうと思ってその男を見た。すると男は歩調を緩めて何か商品を探すような様子を見せた。
ああ万引きではなく、普通の買い物なのかなと思って、私は自分の興味のある雑誌売り場の方へ足を向けて数歩歩いた。その後、何気なく振り返ると私が注目していた男は、オレンジ色のペンケースのようなものを握りしめて店を出て行く所だった。
ああ、あのおっさん、万引きしよったなと思って、後を追って通路の方へ出てみたが、それらしい人影はすでになかった。
売り場のお姉さんに、今、お宅の商品を万引きしたおっさんがあっちの方へ行きましたよと、言っても仕方ないだろう。と、思ったね。
ショッピングモールの店構えってのは、誰でも入りやすいようになっている。ということは裏返せば誰でも簡単にその場から消え失せることが出来るのだな。
いい歳こいた普通のおっさんが、四千円のペンケースを持ち去ってさ、あのおっさんの泳いだような目付きを今でも覚えている。
そのときは、何も思わなかった。しかし時間がたつにつれてこの万引きの現場を見たことが頭から離れない。自分の汚点を公にするような、ものすごく人間の嫌らしい面を白日のもとにさらすような感じ。

ユーストリーム中継

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浜松駅前で分けの分からないことをやっている友人から電話でそのイベントにゲストスピーカーのような役割で出てくれと言われた。断る理由もないので承諾した。
その友人がホストをするトーク番組のような作りで、それをネット配信しているのである。
自分がそこに出てみると、どこかのおっさんの朴訥なしゃべりという感じであった。客観的にはそういうものなのだが、自己評価はもっと高かった、つまりもっと流暢で機敏に突っ込みに反応しつつ対応できると思っていたのだがね。

若い人の挑戦

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若い友人が浜松駅前のバスターミナルの地下で変なことをやり出した。
変なことと言っても非合法なことではなくて、バスターミナルの地下空間に簡易の放送スタジオを作って、そこからネットを使ってトーク番組を発信しようという試みだ。
昨夜、第一回の発信があって、その現場を見に行った。
数人の若い人たちがマイクやカメラをセッチングしていた。本当に、そういうことをやろうとしているのだ。
しかも9月1日から毎日やり続けようというのだから。
いい悪いよりそういうことをしようと思うことに敬意を表するしかない。

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