袋綴じの魔法

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学生時代の想い出。

あのころ友人たちとミニコミ雑誌を作っていた。ミニコミタウン誌というのが流行だしたのは多分その頃ではないかと思うのだがその記憶は確かじゃない。でもミニコミタウン誌というのは活字で印刷されていて雑誌という体裁をしっかりと整えていた。


我々が学生時代に作っていたのはそういうものじゃなくて手書文字の手作り雑誌だった。

その手書き文字にも2種類ある。いわゆる普通に書く文字とガリ版文字といってガリ版用に開発された独特の書体を使ったものがあった。

ガリ版と言ったって今の人には通用すまい。ま、いずれにしてもそういう印刷技法があって小さい文字でも視認性の高い文字の形(今で言うとフォントだな)が開発されていた。

話がずれるけれども説明するとその文字の特長は、句読点や濁音半濁音の記号をはっきり書き、ひらがなでも「は」とか「な」のようにくるりと回る部分は大きく書く、字画の多い漢字は草書体のように簡略化するのだが、草書体のように縦書き対応ではなく横書き対応になるように工夫されていたのだ。


個人的な意見なのだが、このガリ版文字を中学・高校生の女の子が書くと丸々っとした変体少女文字になった。この当時の学校配布のプリント類は全てガリ版で作成されていたのでその書体に少なからず影響されていたのだ娘らは。テスト用紙だってガリ版文字だったのだから。あの変体少女文字というのはガリ版文字の進化版ということなんだな実は。


ミニコミ雑誌の印刷の話だった。ガリ版でない印刷方法というのが青焼きコピーと言われていた方法で正式にはジアゾ式湿式複写と言うらしい。トレーシングペーパーに濃いインクで文字や画像を書き、青焼き用感光紙と重ね合わせて複写器械に通すという方法。文字だけならガリ版印刷という方法が最も安価であったのだがガリ版はイラストや漫画の印刷には不向きだった。ガリ版で「絵」を紙に書いたように再現するのは不可能に近い事だったのだ。

その点、青焼きという方法は塗りの濃淡まである程度再現してくれるので漫画やイラストを印刷する方法として最高のコストパフォーマンスを示したのだ。


私はその頃大学の漫画同好会に所属していたのだが同好会では会としてジアゾ式の青焼きコピー機を所有していた。同好会の会誌「ビーグル」を印刷するためである。当時の各大学の漫画サークルや漫画研究会は青焼きの会誌を作成していたのでほとんどのサークルは自前の青焼きコピー機を持っていた。コピー機のメーカーは「三田工業」だった。他のメーカーもあったのかも知れないが私の所属していたサークルのコピー機は「三田」だった。


ジアゾ式複写は薬剤が塗られた紙を感光させて画像を転写する。そういう機構上の制約で片面にしか印刷できない。従って印刷されたものを製本するときには真中で半分に折って袋綴じにするのが普通である。


コピー機の前に座って黙々と感光紙と原稿を重ねて器械に送り込む。刷り上がった紙は少し湿っている。乾いた紙を皆で半分に折り、それから一ページずつ重ねて丁合いし、小口をそろえて大きなホチキスでガチャリと留めるのである。漫画サークルの部屋の風景とはこんなものであった。


出来上がった会誌は袋綴じなのでノンブルの示すページ数の倍の紙の厚さがあった。分厚い広辞苑が知識の殿堂のように見られるのと同じで分厚い会誌はすごく重厚な感じがしたものだった。まあ、自分たちの創作の結晶であるからそう感じてもいいのだが、半分は袋綴じによる底上げ効果もあったということを今冷静に思い出している。


あのころ自分たちが作った会誌を見ながら、自分がすごい才能を持っているかも知れないという妄想をかき立てる事ができたのは袋綴じによる二倍の厚さ効果があったのかも知れない。


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このページは、ながこうが2017年5月16日 00:24に書いたブログ記事です。

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