熊野古道の記録

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先週、友人3人で熊野古道を歩いたので記録しておこう。


熊野古道歩き


8月13日、10時55分の新幹線に乗った。盆休みの最中なので混み合っているのではと心配したのだが通常の混み具合。もっとも選んだ列車はこだまだったからそれほどの混雑ではなかったのかもしれない。


13時に新大阪へ着いた。その10分後にはのぞみで横浜からT本氏がやってくる。


駅には大阪在住のT辺氏が自家用車で迎えにきてくれている。多少の行き違いはあったものの我々3人は合流しそのまま和歌山方面へつながる自動車専用道路へ入った。


大阪市内から和歌山あたりまでは渋滞もなく順調な運転であった。有田を過ぎたあたりから自動車道路は二車線になり車の進み方が遅くなった。急ぐ旅ではない、夕方までに田辺へ着けば良いのだ。


4時過ぎに田辺の町に着いた。ホテルにチェックインして一休みの後、次の日の行動について相談した。翌日、宿泊予定の旅館がある近露王子までどうやってたどり着くか、という相談だ。


一般的に熊野古道は田辺から20kmほど熊野山中に入った滝尻王子と言われているところから古道になり山道を熊野本宮まで歩いていく。このルートは中辺路と呼ばれている。

なんとか王子というのは熊野参道のチェックポイントの道しるべのようなものでお地蔵さんとか道祖神とか名も知れぬ神様の祠なんぞが点々とあってそれぞれに名前がついている。もっと歴史的に由緒あるような書き方をしている案内パンフレットもあるのだが、この説明でもいい。


案の候補は車を田辺に置いてバスで滝尻王子まで行くか、あるいは楽をするなら車で高原という集落まで行ってそこある駐車場に車を置いて、そこから歩くという2案。


それぞれに問題があって、バスで行くにしてもバスの時間を把握していない。

高原集落に行く場合そこに駐車場があるかわからない。


これはもう観光案内所で尋ねるしかない。ホテルを出て飲み屋を物色しながら案内所を探した。


時間は5時、紀伊田辺駅前に観光案内所があった。そこで熊野古道の地図をもらい、我々の問題点についての質問をした。


バスは朝6時半ごろ出る。もっと遅いのもあるけれどそれでは次の宿に間に合わない。高原という集落には無料駐車場がある。「高原霧の里休憩所」というらしい。


我々は迷わず「高原霧の里休憩所」に車を置いてそこから歩くという案を採用した。

明日は5時起きではなく6時に起きて7時に朝食、8時前には出発という予定が決まりすっかり安心した。


田辺の場末の居酒屋でビール、刺身、焼き鳥で夕食。その後田辺の歓楽街をうろうろして一番はずれのT本氏好みのスナックで軽く飲んだ。

tanabe_machi.JPG


第一日目はこうして終わった。


8月14日、二日目、6時に起きて出発の準備、昨夜の酒が少し残っている感じがする。シャワーを浴びて気分を変える。

7時から朝食の時間、和定食をそそくさと食べ7時半には車に乗っていた。


心もとないナビゲーションシステムを頼りに熊野古道の途中にある「高原霧の里休憩所」を目指す。あまりにも無名な地名らしくナビには登録されていない。大雑把な観光地図を頼りに勘でその休憩所を目指す。


なんとか「高原霧の里休憩所」についた。

ところが様子がおかしい。駐車場の真ん中に構造物が据えられ、その周りで村人が作業をしている。我々のことを訝しげに見ている。


私は3人を代表して車を降りて村人に尋ねた。

「ここは駐車場ですよね」

「そうだよ」

「今から、停めても良いですか」

「良いけど、すぐに出てよ」

「えっ!どうして」

「今日は祭りで、これから人が集まるから、駐車はやめてもらってる」

「今夜このままここへ停めておく予定できたんですけど」

「そりゃもっとダメ。今夜はここで盆踊りがあるから、車は絶対ダメ」


なんということだ、ここまで来て駐車が駄目とは想定外というか計画が根本的に崩れる。しかも、彼らは滝尻王子まで戻ってそこから出直してこい、などと無茶な提案をしている。そんなことしたら、今日中には近露王子まではとても行けない。車で戻れば数十分だけれども、歩いてくれば3時間以上かかる距離なのだ。


「ここから歩く、予定だったんです。どこかに車を止めさせてもらえるところはないですかね」と懇願した。彼らにしてみても、公共の空間を盆踊りに占有しようとしているわけで多少の引け目があったのだろう。


「じゃあ、しゃあないな、カキモトのところへ止めてもらおうか、おい誰か案内してやれや」

「あ、ありがとうございます」


公共駐車場なのだから我々も停める権利はあるのだが、村の大事な祭り行事を邪魔して迷惑かけるものでもない。我々は車さえ停めさせてもらえばいいわけだから。

村の人に道から奥まったところにある廃屋の前庭を案内してもらった。そこに車を停め、我々は歩き支度を整え熊野古道に踏み出した。時間は朝の9時であった。


この高原の集落のメイン通路が熊野古道なのである。そしていきなり急な上り道が続いた。


私は熊野古道を甘くみていた。熊野古道って里山の山裾をうねうねと歩くハイキング感覚のルートだろうと。しかも俗化されていてなんだか所々にジュースの自動販売機でもあるのではないかと想像していた。


実際は山の尾根とまではいかない微妙な高さの山道を登ったり下ったりする山道だったのだ。そういうことならこちらもそういう気持ちで歩きますよと気持ちを引き締めて歩き続けるのだった。


だらだらと登るかと思うと少し下り、またきつい登りが続く。基本的には登っているらしいことはわかる。道の脇にあるなんとか王子の目印とか行政が立てたであろう道標であるとか、そういうものを見るとああ私は道を進んでいるのだなと思うことができるのだが、周りをみると同じような熊野の杉や桧の樹林である。


kumano_dohyo.jpgのサムネール画像


時計を見ると12時。そろそろ昼飯だな、と声をかける。今は斜面に造られた道を歩いている。休憩して握り飯を食べられないわけではないが、もう少し昼食休憩というイベントにふさわしい視界がひらけているとか、広場のような所とかないものかと探しながら歩き続ける。


ない。淡々と斜面の道が続く。違いは登っているか下がっているかだけ。結局、なんとか王子(それを忘れてしまった)のすぐそばの道の脇に座り込んで昼食をとることにした。都会だったら歩道に座り込んで物を食うような行為だ。誰もいないけど。


こうして数時間、一心不乱に歩いたおかげで牛馬童子というポイントについた。ここは新しく作られた自動車道と接するところで、自動車道に作られた道の駅が自動車旅行の人のみならず古道を歩く人々にとってもしばしの休憩の場所に違いない。


この段階で目的の近露王子まで30分の距離となっていた。ここでつい気を許してビールを飲んでしまった。しかも缶2本。

「ビールを飲むと、そのあと歩くのが辛いぞ」というまともな意見があったが。

「あと、30分休み休み行っても全然問題ない」という意見に賛同したのであった。


この休憩所で1時間休んだ、木陰のベンチで山の風に当たりながら。昼食もここで食べたかった。


道の駅を出発して、最後のひと登りの後、道の前が明るくひらけ遥か下方に集落が見える。道はずっと下っている。


tikatuyu.jpg


私は下り道が辛い。膝が痛むのだ。前をゆく二人はずんずん下っていく。私は石の段になった坂道を左足をかばいながら下りていく。

そうしてやっと、人里らしきところへ出た。今朝ズルズルと登っていま一気に下った

のだ。一山超えたかのようだ。


今夜の宿、近露王子の「月の家」は橋を渡ってすぐ、近露の集落のほぼ中央にあった。歴史を感じさせる佇まいの宿である。宿の主人に二階へ案内された。階段を登ると畳敷きの廊下があり、その左右に二部屋ずつあるつくり。南側の奥の8畳間に案内された。


tukinoya.JPG


今夜の客は我々だけなのでどの部屋を使ってもういい言っていた。

風呂に入ってぼんやりして夕食。田舎料理と旅館料理が微妙に入り混じった食卓。ビールとともに完食。


食後、宿の主人に明日の行程を相談する。明日は本宮までの20kmを7?8時間歩かなければならない。少なくとも発心門王子までは歩かなくてはならない。そこから先はバスがあるにしても。

宿の主人は、朝早く出て朝の涼しいうちに距離を稼ぐことを提案した。そのためには6時に宿を出る。すると起床は5時になる。我々はその提案を受け入れた。


今夜は近露王子の集落でも盆踊りと花火の打ち上げがあるらしい。

花火が打ち上がる9時まで部屋でウイスキーを飲んで雑談。9時10分前に盆踊り会場へ行って見る。すると空からパラパラと雨が。浴衣で出てきた我々は慌てて部屋へ戻る。

雨はちょっと降っただけ。宿の大きな窓からすぐそばで打ち上げられる花火を見た。音は周りの山にこだまして重低音が胃に響いた。規模は小さいが迫力ある花火だった。


二日目はこうして終わった。


朝5時、人間は5時に起きると念じて寝ると起きられるものである。実際には4時55分。目覚ましを止めて周りの様子を伺う。まだ外は暗いようだ。

音が聞こえる、ああ雨の音だ。


5時半の早い朝食をとりながら今日はどうするか相談した。お気楽な古道歩きを実践していた我々は本格的な雨対策をしていない。しかも雨の中を7時間歩き続けるほどの気力も体力ない。


1日目に車を停めた高原の休憩所までバスで戻り、自家用車を確保してあとは車で移動という一番安易で現実的な策を取ることにした。


宿のすぐ横にあるバス停でバスを待った。雨は強くなったり弱くなったりを繰り返して降り続いている。6時40分になると雨に煙る道をバスがやってきた。乗り込んだのは5人。我々3人とやはり雨で歩くのを諦めたと思しき二人連れ。


車が置いてある高原の集落に一番近いバス停は栗栖川停留所。25分で着いた。昨日5時間近くかかって歩いた道のりはバスだと25分なのだ。


栗栖川バス停は国道にある。ここから山の中腹にある高原の集落まで登らなければならない。30分間続く坂道を黙々と登り続けた。30分後に視界がひらけ熊野古道にたどり着いた。


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あとは普通のドライブになった、服装はハイカーだが。こうして我々は熊野大社を参詣した。


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このページは、ながこうが2018年8月23日 16:43に書いたブログ記事です。

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