ちかごろの若者たち

ちかごろの若者たち・第1回

ご挨拶にかえて

西郷隆盛の享年が47、というのを先日「下等百科辞典(尾佐竹 猛 著)」で知った。アナクロ極まる書籍なので、それが昔風に数え年なのか満年齢なのかくわしいところは不明だが、私は現在、恥ずかしながら西郷どんと「タメ年」である。ということで、わざわざ説明する必然性などないが、私はちかごろの若者ではない。さらに、いまだ老衰で死んだ級友の話もあまり聞かないので老人でもない。自分でいうのもなんだが、立派な中年男性である。

ご存じのように、いまから始めようとしていること(中年のおっさんが若者について語る)は人類史上、飽きることなく繰り返されてきた行為である。ほんの約30年前に若者だった私自身、会話の中にその手の発言をはさみこむ御仁は正直なはなし苦手である。

さりとて、ちっちゃい子が日暮れ時の公園などで懸命に自転車の練習するのをながめるのはとても楽しい。ここはひとつ同じように、悪意をもち若者たちのあれこれについて語るということではなく、自分にとっては済んだことだし、しかも他人事なので「見て楽しい」ことがらとして語るつもりなのである。

さて、昨年暮れまでの10年間、私は大阪の心斎橋にほどちかい南船場に仕事場を借りていた。鉄骨モルタルの三階建て築後20年というボロい事務所ビルである。バブル崩壊直後の周辺は、ヤングのメッカ、アメリカ村から「真北」へ500メートルということでか、主に南北の方向感覚を失ったナウな若者たちが迷いこむ中小企業の問屋街でしかなかった。そこが数年前からじわじわと「スポット」として注目を集めはじめた。

私は都会の喧噪を好むタイプではないが、若者たち(主に若い女性)の佇まいを観察することはやぶさかでない。で毎週末、用もないのにちょくちょく若者たちの集まる町へ出るようになった。趣味の定点観測というやつだ。結論からいうと、「ちかごろの若者たちはだいたいブサイク」である。かなりの悪意を感じるひとも少なくないとは思うが、理由は次回。

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ちかごろの若者たち・第2回

無学なのでいまだ出典は不明だが、ジャン・コクトーというフランスのおっさんが「流行は追うべし」というようなことを発言したのを30年ほど前に目にした。私は、そのような若者に迎合した軽いのか深いのかわからない外国人たちの文章を好んで読み、流行はできるかぎり追いかけるのを信条とするバカな若者だった時期があるので、ウチの物置には二十数年前、東京の専門店に特注し(マイルス・ディビスとおそろい)、ほとんど路上歩行せずに終わった真新しいロンドンブーツがある。本当に恥ずかしいことである。

昨年暮れ、苦々しい流行でもあった厚底ブーツを異常に欲しがっていた我が豚娘に、この若気のいたりが見つかるとイタイのでひた隠しにしていたのだが、ついに発見されてしまった。こうして父としての権威がまたひとつ消失した。軽はずみな人生は、言い逃れなどできないのである。

さて、ちかごろの若い女のコはだいたいブサイク、とテーマから大きくはずれ、しかも決めつけたような発言をコイてしまった前回でありました。たぶんここ数年の女ヒデリが誤爆したのであろう。少々、反省しております。ただこうしたおっさんのページで若者について語る、という胡散臭さを何とか私なりに表現したかっただけなので、他意はない。

何をもってブサイクと決定づけるのかはそれぞれの主観であり、まったく普遍性などない。フェミニズムの見地からいくとはなはだ問題のある発言なので、各方面には陳謝させていただきます。が発言の取り消しはしません。別に「たんつぼ君(森首相:執筆当時)」に倣ったわけではないが、ここ数年の大阪ミナミでは女性のみならずブサイクなのが多いのはあながち事実無根ではないのである。

そろそろ核心に入らないとマズい気もする今日この頃ですが、いったい私のいうブサイクとは何なのか。ブサイクでない若者は何故、町中にいないのかということである。こうして、どんどんテーマから逸脱していくのである。

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ちかごろの若者たち・第3回

お里が知れる、という言葉がある。

多くの若者たちが都市で生活しているということは、その産業構造の変化に対処したという意味もあるが、結果、それぞれの「出自」を隠すことにもつながっている。町中で踊り狂っているかぎりはお里は知れないし、そうしたつきあいでは、お互い知ろうともしないのである。ところが、お里は知れずともお財布はバレる。そのライフスタイルで、それぞれの支出はだいたい把握可能なのだ(あくまで支出のみであるが)。ひとは、下を見れば安心するが上を見れば不安になる。ということで、お財布の中身にそれほど変わりのない、あたりさわりないお仲間とつきあうことを自然に選んでいる。

また、わが国では子どもたちの将来は、それぞれの両親の職業、学歴、年収、住居環境などでほぼ決まる、という説がある。かなりの力技ではあるが、ひろく世間を見渡すとたぶんに説得力をもっているのも事実だ。弁当屋の宅配アルバイトの青年が10年後、デジタル起業家として世界にはばたく、というようなことは近頃はマンガでも扱わない。リアリティーがないのである。ガソリンスタンドのアルバイトがF1レーサーとして世界にはばたくというのはあるかもしれない。

さて、いったいブサイクとは何なのか。ブサイクでない若者は何故、町中にいないのかということである。余談だが、私は個人的にはブサイクもやぶさか(「吝か」と表記するのを、先ほどパソコンの文字変換で知った)でないと考えている。

余談ついで。私の最近のお気に入りアダルトサイトのジャンルは、「HAIRY」という主にムダ毛を処理していないギャル専門サイトである。インターネットにはそうしたジャンルがあるのです。そこはだいたいがアマチュアモデル、といっても化粧をしていないだけだが、なんかバランスのちょっと崩れた、具体的に言及すると、写真が5枚あると1枚はなんとなくカワイイが、残りの4枚はどう考えてもブサイクな素人(?)モデルばかりが選ばれている。良く打って2割という某在阪球団の打率的な愛らしいサイトである。ああ、またしても余談でおわってしまうのであった。

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ちかごろの若者たち・第4回

ああ、一年も経ってしまったのですね。こうしたネット上の気楽なナニも、これだけ間があいてしまうとやりにくいことは否めない。ご心配いただいた各方面には、深く頭をたれるにやぶさかでない今日この頃の私である。

いきなりさておいている場合ではないのだが、前回までのブサイクな若者たちはさておき、私にも「若かりしころ」は存在した。よし、今回はなんとかテーマどおりに進行できそうだ。で、くどいですが、おっさんである私にも若者時代はあったということである。あるにはあった。だが、今も昔もヤングたちはそうなのだが、若者たちは自分が若者たちであるということをあまり意識はしていない。ということで、若かりしころの私もまた自分が若者であるという自覚はなかった。単なるバカ、といってしまえば身も蓋も胴体もないが、「若気のいたり」という新鮮な感覚は中年以降において発生するものなのである。

私のばあい、ひとつには、身体が大きく見た目が老けていたこともある。今でこそ細かい若づくり作業に人知れずいそしんでいる関係上、なんとか年相応に見られるようにはなったが、10代で5歳、20代で10歳上に見られていたことを知るひとは少ない。

中学卒業間近、いつもとはちがうに理髪店へ出かけ、当たり前のようにマガジンラックの「漫画読本」を手に、巻頭の外人セミヌードなどを鑑賞しつつおまかせコースでまどろんでいたらアイパー仕上げのオールバックにされそうになったことがある。散髪屋のおっさん曰く、てっきり社会人だと思ったらしい。

40代の3年はあっという間だが、いくら無自覚で鈍感な男子中学生でも10代の3年はかなり大きい。しかも、幸運にも最寄りの県立高校へ進学が決まり前途揚々としていた青少年にいきなりアイパーはきつい。さまざまな人物の頭髪をアレンジしてきたことで戦後を生き抜いてきた有職のおっさんに勘違いされるほど老けていたというのか。身体の大きな相撲取りたちの実年齢がもう一つ判らないのと同じかもしれない。ここんとこは断言するほど自信ある発言ではないので曖昧にしておくが、今回は若者について少しは語ったような気がする。

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ちかごろの若者たち・第5回

このごろ、よく昔のことをおもいだす。

現役の若者だったころの、それも細々したコトガラばかりおもいだすことが多いので、なんか日々が走馬燈のようで楽しい。ちかごろの私が立派なジジイになったこともあるだろう。見た目はそこそこだがその内実はかなりお寒いという情況からの恥ずべき現実逃避だ、などという説も家庭内にはあるがそうではないのである。正直なはなし、昔はよかったが、今も悪くはないとおもっている。空威張り、あるいは居直りなどという主張も月末によく耳にはするが、それは誤解なのである。私のばあい、正確に言及すると、良し悪しの判断基準をおおむね感情的に決定し、いまだに確固たる価値基準を持ちえていないというのが正しい見方であろう。ま、最近は、根っからのバカというのに気がついたのであまり気にはしていない。ではあるが、温いこたつのなかでまどろんだりしていると、いきなり昔の細々したことをおもいだす。病気かな。

自慢ではないが、過去、私の記憶には大きな「穴」があった。学生時代の記憶がスッポリとぬけていた。それに気がついたのは学生を止めて数年たったころ。とある漫画のミニコミ誌を手がけていたときのことである。自分よりひとまわり年下の、今でいうところの漫画オタク(「オタク」というのはもうすでに死語らしいが)十数人にインタビューしたのでありますが、共通して過去の学生時代の記憶データが著しく乏しいことに気がついた。とくに気になったのは、小学校時代の担任やクラスメートの名前を忘れてしまっている若者たちがかなりの数まわりに存在したのであった。しかもさらに恐ろしいことに、質問をしている自分も担任の名前を覚えていないことに気がついた。当時の私には小学校のみならず、中学、高校時代の担任などの人物名の記憶データがまったくなかったのである。

別におもいだしたくない学生生活だったわけではなく、たぶん教師に対する興味がほとんどなかったといえばそれまでだが、こういうのって病気なのだろうか。

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