2000年8月アーカイブ

内部告発

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59.gifトーテムポール

日本人のユニフォーム好きは女子高生のルーズソックスで極まった感があります。 軍隊から中学生、高校生は言うに及ばず、製造業界の作業服からオフィス街の女性に至るまで、それはもうユニフォームばっか、個性を売物にする筈の有名デザイナーまでが手掛けるありさまです。酒の席で野球のチームでもつくろうか、という話が出ると、先ずユニフォームの相談になってしまうのですね。

着物しかなかった時代では、属する階層に相応しいと思われる物を着て、素材や柄に工夫を凝らしていたのでしょうが、その伝統衣装を捨ててしまって、サテどんな格好をしたものやら、と未だ戸惑っているというのが現状ではないでしょうか。岸田秀は対人恐怖を分析して「唯一絶対神のない日本の社会に於いて、世間の目が神の役割を果たす」と言っています。

ブータンの様に民俗衣装を強制すれば、ネクタイにサンダル履きの教師や役人、気の毒な省エネルックの羽田さんの様な妙ちくりんな現象もなくなるのではないでしょうか。 夏はゆかた、冬はどてらを着込んで...これはいい、女子高生も奥ゆかしく見える。

その団体のユニフォームを着ることは、同じトーテムを持つ部族のごとく掟が有って、チームの利益を優先させる為、隠し事、庇い合いが日常的に行われています。リコール隠し、闇給与、身内の接待、叩けば幾らでも埃が出る体質が総会屋を扶養してきたのです。闇のオンブズマン。掟破りは村八分がこの国の伝統です。 当然、内部告発は最大のタブーになっていて、タレ込み、チクリと貶められて語り継がれ、小学生でさえ言いつけっ子は除け者にされてしまうのです。

もう4.5年になると思いますが、建設業界に君臨していた談合屋のボスが、ないがしろにされた腹いせに、内部資料を持って公取委に駆け込み、暫く話題になりました。 この稀に見るタレ込み事件は、業界、官界は当然の事として、何故かマスメディアも沈黙を守り、そしてその余りのムシの良さに、世間からも完全に無視されて今に至るという、不思議な経緯を辿りました。

内部告発はその性格上、殆どが匿名でなされる事も有り、記憶に残るヒーローを生むことは稀で、例えば、戦時中の言動に対する告発に見られる様に、受け取る側のその居心地の悪さから、忘れられる運命にあるのではないでしょうか。 ロッキード事件の「蜂のひと刺し」で一躍脚光をあびた榎本女史が受け入れられたのは、死に体の旦那に比べて、凛とした美しさが際立っていた点を、見逃してはなりません。

話の一方通行

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53.gifおしゃべり

末っ子タイプというのがありますね。元気いっぱい、俺が俺がというタイプ。 仲間内で世間話をしていると、横から割り込んできて、主導権を取る為に話題を飛躍させ座をシラケさすタイプ。会話に必要なキャッチボールの技術を身に付けていないのですね。幼児期に母親を独占出来たにもかかわらず、子供が一生懸命お話をしていても、ふんふんと適当に相づちを打つお母さん、といった微笑ましい光景が浮かんできます。オリンピックの選手には、大人数の兄弟の末っ子、二人兄妹なら妹が多いそうです。

学生時代に友人と円地文子の講演会に行った事があります。大江健三郎と小林秀雄がセットになっていたからなんですが、一杯ひっかけてヨレヨレと出て来た小林秀雄翁、本人が吃りの矯正のため、と言ってた大江健三郎はノートを見ながらボソボソ喋るだけ、和服の円地文子は随分小さなおばさんだな、といった印象だけで二人黙って帰って来ました。

世の中には、人の話しはろくすっぽ聴こうともしないないくせに、教える側に回りたがる講釈師がいっぱいいます。胸に手を当てて学校の授業を思い起こせば赤面の至り。この愚を犯すことのないように、職人の世界では「見て盗め」が、常識になったのでしょう。やる気が有るのか無いのか、何時辞めてくか分からない皿洗いの兄ちゃんに、味付けなんか教えたってしょうがないのです。

作家が自分の文体を持っているように、喋りのプロは独特の話術を持っています。田中角栄のお国入りの演説なんか、動員された聴衆を見事に捉えてしまいます。テレビ向けの、官僚の原稿の棒読みだけが政治家の演説ではありません。三島由紀夫が役人時代、挨拶の原稿を任されて「私の様な頭の薄くなった年寄りの... 」と書いたら、上司に没にされたという回顧談が、当人のアドリブの範囲にまで踏み込んだ、分をわきまえない若手の官僚の思い上がりという、反省の弁ではなかったのが不思議です。

中高生の弁論大会の神経症の様な喋り方、成人式の講演もこなせないくせに、金を取って人前で喋ろうという、テレビで顔が売れているだけの文化会館ゴロ、これは書くことに比べ、喋る能力を不等に低く評価してきたツケでしょう。詐欺師から学ぶ姿勢が全然見られません。

亡命の明暗

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5.gif亡命

亡命とは命籍を捨てて逃亡することで、別に命を賭けることを意味する言葉ではないようです。政治情勢が違うだけで、キューバ出身の大リーガーを亡命と呼ぶのなら、野茂や伊良部のケースも亡命と言わなければ、日本出身の亡命者名簿は貧弱なものになってしまいます。

実際、日本から亡命した歴史上の人物は、源義経が北海道からモンゴルに渡り、ジンギスカンになった...という話以外あまり知られていません。朝鮮半島からの亡命者が、帰化人として日本の各地に足跡を記しているのとは好対象をなしています。外に目が向いていないのか、散り際の美学が優先されたのか、談合体質の故なのか。もっとも逃げて行った者を無視してしまうのは何所の国も一緒ですから、これは日本に限ったことではないのかもしれません。

近いところで、日本赤軍の北朝鮮行き、岡田嘉子と杉本良吉の『国境を越えた恋の逃避行』が有名です。北朝鮮も悲惨ですが、スターリンの粛正の嵐の最中、ロシアに亡命した杉本良吉はスパイ容疑で直ぐに処刑されてしまい、岡田嘉子は強制収容所で10年を過ごします。NHKで、岡田嘉子の空白の10年というのを、岸恵子が案内役でやっていましたが、あれはミスキャストです。パン一切れの為に身を売る強制収容所にいたのです。連れ合いは処刑され、頼って行くつもりだった演出家も、二人のとばっちりを受けて処刑されているのです。

ロシアだか中国から帰国した、「無視されていた口」の野坂参三は、獄中組と共に熱烈に迎えられ99歳で除名されるまで、共産党の名誉職に留まります。この辺はロンドンに亡命していたド・ゴール、フランスに亡命していたホメイニ師と同じパターンです。フランス人のド・ゴール好きを、岸田秀は「ナポレオンの幽閉とフランス革命後の粛正にトラウマを持つ誇大妄想」と言っています。ドイツに占領され、それなりに協力してしまった疚しさが、大した事をしていなかった亡命政権やレジスタンスを必要以上に持ち上げることになった、と。

政治的な亡命であるかぎり、認められなければ密入国、逃亡犯、認められても状況判断一つで明暗が分かれる宿命にある様です。ルーマニア革命の半年前にアメリカに亡命したコマネチは、ちょっと判断が早過ぎた様な気がしますし、一緒にいた男に金を持ち逃げされるという、おまけまで付けてしまいました。