2000年9月アーカイブ

禁ホームレス禁ホームレス

ドウス昌代『イサム・ノグチ』に登場する父、野口米次郎は18歳で単身アメリカに渡り、英文の詩が認められて帰国するまでの11年間、まさにボヘミアンといった生活をしています。詩人の家に無料の庭師のようにして住み着き、見よう見まねの英文の詩を書いて、成功を収めるのですが、彼の怪し気な英文を校正した女性、レオニーがイサムを妊っていたにもかかわらず、さっさと帰国してしまいます。

欧米で認められた、という事実は、今の社会の基準よりも更に価値が有ったようで、啄木のつてを求める手紙が残っていたり、なぜか慶応の教授に収まってしまったりするのですが、来日した母子に援助もせず、認知もせず、当然のように別の所帯を持って、レオニーに英詩の校正だけさせるという、その人格には問題があるにせよ、明治の人の生き方としては、漱石や鴎外に比べて、特におかしなものでもなかったのかも知れません。

それに対して、戦前のパリにたむろしていた貧乏画家の場合、当時の日本の社会で芸術家を志し、渡航することが出来たくらいですから、貨幣価値の違うパリで貧乏していただけの噺で、日本に留まっていればそれなりの生活は、というより、輸入物の芸術家という概念と、それに附随したボヘミアンの生活に憧れた、なにか下降志向的なものが見え隠れしていまいます。

念願が適った途端に不安に駆られ、精神に異状をきたす、といった症例をフロイドが上げています。永年想い続けて来た男性と一緒になった女性の例、念願の地位を手にした男性の例といった、他愛無いものですが、下降志向というのはこれを先取りした防御的な生き方、といえるのではないでしょうか。

今は『地球の歩き方』なるものまで有って、いっぱいいるのですね、二週間から数年にわたる観光ボヘミアン。 1ヶ月もすると、旅の持つ意味、非日常性のダイナミズムは失われて、旅が日常になり、日常の倦怠を旅のなかで味わうことになるのでしょうが。

技術神話

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鯰絵鯰絵

ロシアの原潜事故が話題を集めました。対応のマズさが槍玉に上げられても、原潜の技術的な欠陥を指摘する声がなかったのは、もともと信頼出来るものではなかったからです。 インド海軍がロシアの中古の原潜を買おうとして、その余りの放射能漏れに恐れをなして止めた、といういわく付きの代物なのです。

神戸淡路大震災の被害、東海村のJCOの臨界事故、H2ロケットの連続の失敗、と続いて技術神話の崩壊となるのですが、それは初めからロシアの原潜と良い勝負だったのです。 NHKの特集番組『技術大国日本』で神戸と淡路島に架かる吊り橋を支える塔を取り上げ、その建て込み精度がミクロンの単位でなされている、とやっていました。これが神話。

その後、神戸の地震でその柱脚の位置が2mズレているのが確認されたが、橋にはなんら影響ない、というコメントが出たりする現実があって、1/1000mmが2mになる過程に何の説明もなかったりするのです。ミクロンの精度が必要でなかった、とすると、過大設計、過大積算、過剰品質以外の何物でもなく、関係者の責任を厳しく追求する、ということも思い付かない、鵜呑みの報道が神話を生むのですね。

鹿島神宮の森の中に、広辞苑にも載っている由緒ある『要石』が在ります。 土中から顔を出しているのは漬け物石程度ですが、実は地中深く根を張っていて、鹿島の神様が、ナマズが暴れないように其の上に置いたのだ、と伝えられています。 江戸時代に描かれた『鯰絵』というのが有って、いいんですな、これが、クジラ程の大きさに描かれたナマズが浮世絵の世界でいきいきしていて。壁に張っておくと御利益がありそうです。

神戸の地震で何よりもびっくりしたのは高速道路が横倒しになったことです。 地震の被害が出る度に設計基準が変更されるのは、当たり前の話しですが試行錯誤の世界なのです。建設省の関係者が、ロスの震災で崩壊した高速道路を視察して「日本の耐震基準ではこんなことは有り得ない」と言って帰って来て、後で恥をかいたのは、学習意欲がないのですな、良く解らんメカニズムの計算をしているのだという自覚を欠いている。

都心の高速道路は5階建てのビルの屋上の様な所を走っています。延々と数十キロ繋がって、曲がりうねり、分技して、といった構造物の揺れのシュミレーションをしていないのですね、解らないから。これは鉄道も同様です。 ロスの震災では高速道路が落下するシーンがニュースで流れましたが、あれだけ知らん顔して張り巡らせたモニターの映像を隠してしまう役人と、オフィスの宿直シーンで済ませてしまったマスメディアは、神話を守ろうとしているのでしょう。

虚勢の論理

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19.gif読書

数学というのは,非常に西欧的な論理で成り立っていると思うのですが,現地の学校では何故か東洋系の方が優秀で,本人はさして得意と思っていないのに,将来そちらの方面に進むようにアドバイスされた,という話をよく聞きます. 象形文字である漢字を使う民族の方が,イメ-ジしやすいのではないか,という説もありましたが,インド人も得意とするようで,今やソフト開発で潤っているようです.

考えてみると,数式と若干の言葉で構成される数学の論理は極めてシンプルで,外国人としての東洋系にハンディがないのと,算術を実用とする文化を持っていたか否かの差が大きいはないのでしょうか. あれを理屈で理解するのは,特別な子供を除いて土台無理なはなしで,門前の小僧がお経を覚える様に,後になって理解すれば充分なのです.

大学の数学の授業で行列式が出てきて,こんなモノ何に使うのだろう?と思っていたら,次の物理や構造の時間にそれを使った解析法に出くわし,「何に使うのか?」で停止したまま手を挙げてしまって20数年,手計算では大変だった行列式もパソコンがここまで普及すると,マトリックスと名を変えてベクトルで構造解析をするのが当たり前になってしまったのですね,今では.加減乗除の世界の公式集を使って手計算でやっていると,アレッ!という計算間違いを後で見つけたりして...

山田詠美が村上春樹の作品をを評して「都合の良い時に相手が現れる,もてない男の恋愛小説」と言っています.男女の関係に於いて,そんなことは起こり得ない,それなりの秘策を労した者が恋愛にありつくのだと.

原文で読んで理解できない儘,下手な日本文に置換えたような哲学書がのさばっているのは,三角関数辺りで手を挙げてしまった,論理的な思考回路に若干の欠陥を持つ輩が解った様なフリをするからだ,というのが持論なのですが,彼の小説の中で唐突に「カントを持って出掛ける」...といった,小道具的な使い方に何か違和感があるのは,そこらの虚勢が透けて見えるからでしょう.

水は神聖か

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水

スキンダイビングをする友人がいて、時々拾ってきた貝やなまこを分けてくれるのですが、コンビナートの排水口や処理場のそばで採って来たりするので、何所で取れたのか聞かない様にしています。

自然保護を訴える団体は、よく云われる様に誰も正面切って反対することの出来ない、絶対正義を掲げた運動なのですが、数々の矛盾を抱えてもいます。

公園のリスに感動しても、ヘビは許せないといった個人の好みに対して、一線を引かない儘徒党を組んでいるのではないか、という疑惑。 蛇口を捻ると水が出る、スイッチを入れると電気がつく、ペダルを押すとうんこが流れる、といった基本的な生活水準は断固確保して、それに伴う施設を排除しようとしてはいないかという疑惑。 自分が定住した時の事は棚に揚げて、それ以降の環境の変化に機敏に反応しているのではないか、という疑惑。

ノスタルジー、センチメンタリズム、エゴイズムが交錯していても、運動にはボランティアに通じる精神があり、それが全ての矛盾を許容していて、なし崩し的な自然破壊に取りあえずストップをかける、というスタンスに反対する人はいません。

海水浴場のそばの神社では、清めの水で海パンまで洗って行く輩がいるそうで、そういえば近所の児童公園にサーファーの車が集まって、なにやら洗っているのを良く見かけます。

首都圏の水瓶という、あたかもダムと水道管が直結しているかの様な、短絡的な表現を良く耳にします。「ドナウ川は7カ国の体内を経由して流れている」と言われる様に、ダムから放流された水は川を下り、田圃や道路の排水と合流し、殆どの市町村が持っている、取水場と汚水処理場を経由して、水道の蛇口から出て来るのです。 雪印の失敗は大量の殺菌剤の投入を怠ったからだ、と言っても良いくらいです。

合理性を欠いた、もっぱら感情に訴える、誰にも反対できない運動。 これが其の国を支配するのをファシズムと言うのでしょう。 道路の分離帯に捨てられた空き缶や、防波堤に残された釣り客のゴミ、犯人を逮捕して拷問にかけるのにも、別に反対はしませんが。
国民の90パーセントが中流意識を持っているのだそうです。 戦後50数年、焼跡の横一線の状態が強烈だったので、いつまでも皆一緒と勘違いしている様な気がします。

細川さんが新首相の認証式で、天皇陛下へのお辞儀の仕方が実に良かった、臆するでもなく、宮沢さんのようにへりくだるでもなく、と言われてしまうのが上流社会の敷居の高さだとすると、いくら有名で金回りが良いからといって、芸能人、スポーツ選手、やくざの親分なんかは仲間に入れて貰えないでしょう。 松下幸之助、本田宗一郎あたりもチョット..なんて言われてたりして。

では、仲間に入れて貰えなかったお金持ちが、拗ねて中の上あたりに収まってしまうと、これは大変、中の中どころか、中の下を自称するのも相当勇気がいるのではないでしょうか。お婆さんが慌てて息子の袖を引っ張る図。

黒鉄ヒロシの漫画に負のトーナメントというのが有りました。勝者を決めるトーナメントの裏に敗者を決めるトーナメントが逆三角形に書かれたものでした。

社会の底辺という言葉がいけないのかもしれません。なんか下に行く程とんがっている様な気がするのです。ここはピラミッドではなく、炭坑の跡地に残るボタ山を上流、中流と考えてみましょう。そして90パーセントの行方は...そうです、地下に網の目の様に掘り廻らされた坑道です。

これなら複雑な社会の構成を吸収する余地が充分在ります。 ボタ山の好いところは高いだけでカスばっか、坑道には黒いダイヤが未だ眠っている可能性がなくもない。夏は涼しく、冬は暖かで、おまけに下には下が有りそうだ、と。 例の90パーセントも満足するのではないでしょうか。
長嶋野球道楽説

考えてもみてください、40年近く今のお金にして3億を下らない給料を貰ってきた、大富豪なのです。もう働く必要もないのにやっている道楽ですから、欲しい選手を集めてボコボコ打つ、バッタバッタと三振を取る野球を夢見るのは当たり前です。ランダンプレーとか、隠し玉みたいなせこいことは、草野球に任せておけばいいのです。

アンタッチャブル説

読売の社長は世間から見れば長嶋より格下のサラリーマンです。何故オーナー会議に正力家を差し置いて、ナベツネが出て来るのか解りません。よく他のオーナーが黙っていると思います、筆頭株主にでもなっているのかしら。 いくら組織を挙げて作り上げたスターと言えども、ここまでモンスター化してしまった人物を、おいそれと首に出来るサラリーマンが読売にいるとは思えません。本人が厭になれば別ですが、でも人の道楽だからなあ。

ハンディー説

金に飽かせて選手を集めるのは、長嶋野球にハンディーをやっているのだと、ほかチームの関係者は言い聞かせているのです。

親会社寄生説

巨人は超優良企業です。毎試合5万人の観客を集めるということはすごいことなのです。 いつまでも読売、日テレの広告部門、後楽園、東京ドーム、東京ドームホテルのミッキーマウスの様な不当な扱いを受けるいわれはないわな。

スポーツビジネス阻害説

アメリカのスポーツビジネスはもとより、ヨーロッパのサッカー界も活況を呈していて、Jリーグに来るスター選手も少なくなりました。 系列のコンビニに頼るスーパーや百貨店業界の様な、おんぶにだっこの親会社と早いとこ手を切らないと大きなビジネスチャンスを逃すことになります。

魔法使い

個人的には西鉄ライオンズのファンです。西武も、ダイエーも応援することはないので、『永遠の西鉄ファン』なのです。三原マジックなんつって、当時は魔法で勝てたのです。