2000年11月アーカイブ

鍬止め

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電柱電柱

NTTの回線料が高すぎるとアメリカから文句がでています。全国に張り巡らせた電話線で金儲け出来るなんて、20年前なら考えられないことだったのですが。その電話線は電力会社の立てた電柱を使っています。当然電柱の使用料を電力会社に払っているのでしょう。同じように電柱を使っている業界が有ります。有線放送の業界です。この有線網が注目を集めています。有線業界は慌てて?電柱の使用料を払おうとしています。勝手に電柱を使って、契約した飲食店まで線を引いていたのです。電力会社も鷹揚に、やくざの様な業界に対して目をつぶっていたということです。

電柱は電力会社の土地に立っている訳ではありません。従って地代を払うわけですが、田舎では1本年間二千円くらいです。 ところで電力会社は本当に全部の地代を払っているのでしょうか。けっこう曖昧な所に立っている電柱があるんですね、道路に立っていたり、私有地に立っていたり、その間に立っていたり。サイドミラーをたたまなければ通れない様な狭い道路に立っている電柱は本当にじゃまです。

ある新築現場で、道路沿いの5 .6 本の電柱が工事のじゃまになるので、移設交渉をしたときのことです。私有地内ですから何でも言うことを聞いてくれるのですが「地代を払わなければいけませんねえ」と言ったのですな、担当者が。 競売に掛かったような土地だったので、持ち主だけが変わり、誰も使っていなかったので払ってなかったのです。永いこと。

電力会社は民間企業ですから、道路内に立っている電柱の場合、市道であれば市に対して地代を払わなければならないのですが、どうもここらが官営企業体質、なあなあになっているような気がします。

農道と道路の境界に設けるコンクリートの構造物を「鍬止め」と言います。畑を耕していると、つい、ひと鍬、境界を侵してしまうのですね。段々道路が狭くなってしまうので、境界ブロックの様な小さな擁壁を造るのですが、これが耕している時の鍬の角度になっていたりするのです。

道路管理者は屋台や自動販売機に対して、けっこう厳しい態度をとっていますが、妙な差をつけてはいけません。道路に立つ、電柱に貼られたビラや捨て看板までも、違法なのかどうか、疑わしくなってしまいます。

賽銭どろぼー

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賽銭どろぼー賽銭どろぼー

スイカどろぼー、自転車どろぼー、賽銭どろぼー 古典的ではありますが、今こんな容疑で捕まったらカッコわるいですね、でも無くなった訳では有りません。賽銭どろぼーをしていたホームレスをぶん殴ったら死んでしまい、寺の坊主が逮捕された、という新聞記事が有りました。子供の自転車がなくなった、という話はしょっちゅう聞きますし、鹿島サッカースタジアムの駐車場は畑の中に有るのですが、キャベツや白菜が被害に遇っているようです。

野菜の無人販売所というのを見かけたことが有ると思いますが、お金を払わずに持って行ってしまう人がけっこういて、防犯用に監視カメラまで据えているのを、テレビでやっていました。ぼくが通っていた中学校はこの方式で文房具を列べていましたから、少なくとも35年の歴史があります。道徳に訴える商売。

抜け道として良く利用する蓮田の中の農道で、れんこんを二節ほど袋に入れて、100円で売っています。最近は2.3キロしかないその間に30箇所も置いて有ります。以前はせいぜい10ケ所くらいだったのですが、農家が庭先に、じゃないのです。ライトバンで配達しているのを見ちゃったもんね。

自動販売機荒らしも凄まじいものが有ります。新しい建設現場には必ず営業マンが現れて「電気代として売り上げの○%返しますから..」とか言って、こっちがチェックしないのをいいことに、電気代程度しか置いていかないのですが、半年もしないうちに2度も3度も荒らされます。夕方には現金は回収してしまうようですから、いくらも入っていないと思うのですが、商品はそのままにして金だけ持って行くようです。

壊された販売機は保険で直すのでしょうが、偽造500円硬貨には、さすがに音を上げたようです。なんせ釣銭に贋500円が出て来たら、迷わずもう一回それを使わなければならない事態になっていたのです。

安易な商売という意味では無人販売所に軍配があがるでしょう。器械代も電気代も掛かっていません。取られても若干の商品と小銭だけです。しかしもっと元手がかかっていないのは賽銭箱です。商品も置いていません。信仰心だけが頼りの商売。 賽銭荒らしが死語になったのは、宗教的な自制が働くというよりは、リスクを負う程入っていないのが、経験上判っているからに他ありません。

冷凍技術

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氷山氷山

女房を質に入れても食べたいという初かつお、銚子の辺りから江戸まで海路でも100キロ程ありますから、当時の輸送手段と保冷技術を考えると、安い物ではなかったのでしょう。

今は便利ですね、何でも冷凍してみる価値は有ります。 店頭に列んでいる食品の、これは解凍したやつかもしれないな、と頭に過るものは大概いけます。意外な物、蛤やあさりなんかも大丈夫、死んだ貝は口を開かないというのは嘘で、冷凍のものでもちゃんと口を開きます。安い小振りの蛤は、韓国産の解凍もののようです。

干物も解凍したのが列んでいます。もともと大量に仕入れた物を冷凍して保存し、解凍して干物にして、それを冷凍して出荷し、解凍した物を店頭にならべる。それを買って来て冷凍庫に入れておいて、解凍して焼いて食べる... そんな冷凍焼けした干物が食えるわけねえじゃん、と漁師町の人が言っとりました。

昔、釜が崎から冷凍庫の日雇いのアルバイトに行ったことがあるのですが、-20度の世界なのです。汚いどろどろの防寒着を支給されて、なんか濡れててやだなーと思う間もなくパリパリに凍ってしまう、ヒシコになって働かなければ寒くていられない、シベリアの強制収容所の様な所でした。段ボールに入った肉や魚をネコに積んで外に運び出す、±20度の世界を行ったり来たりする仕事。 家庭の冷凍庫は、開閉の頻度が高いので2週間をメドに、という悲哀を身を持って体験したわけですが、ウウウ..これは疲れる。

冷凍庫は電気が切れるとみんな溶けてしまうという欠点をもっています。一度、ドライカレーをレンジで温めていたら段々変な臭いがたちこめてきて、ん!これはこのあいだブレーカーが落ちていた時の... と思い当たる、夏の日の出来事が有ったりするのです。

死んでしまったら冷凍保存して、医学が進歩して再生可能になった時代に蘇らせる、という計画だかビジネスだかの話がありましたが、100年後あたりと仮定しても、その間には2度や3 度不慮の事故で解凍、冷凍が繰り返され、再生を試みたらすごい悪臭がたちこめてきて...
観覧車観覧車



かしまサッカースタジアムの現場見学会に行って来ました。こんな田舎に4万人も集まるわけがないじゃないか、という批判はさておいて、りっぱなもんですわ! 来年5月から、のんびりビールを飲みながらアントラーズの試合を観ることが出来ると思うと、嬉しくなるではありませんか。スポーツ観戦はこうでなければいけません。まばらな観客、広がる田園風景。

相撲の枡席に伝統的な観戦スタイルを見ることができます。飲み食いしやすいスペースが有り、身内のまわりには境界が廻らされて、都合のいい時だけ一体になる。座布団は投げてもウェーブは起らない。歌舞伎や寄席も飲み食いがつき物です。 クラッシックのコンサートで何か食ってるの視たことある? 息を殺して拍手のタイミングを間違えないようにしなくちゃいけないし、ブラボーって叫ぶ。ジャズのコンサートはイェーイと押しつぶした声で間の手を入れ、演奏が終わったら口笛と歓声を一斉にあげる。これは関係者の教育の賜物です。30年前から、やれ聴衆はおとなしすぎる、もっと素直に感情を表現しろ、本場ではこうだ、とやってたもん。

北朝鮮ではオルブライト国務長官の歓迎式典でマスゲームをやっていました。この映画好きの独裁者は大方の予想を裏切って、なかなか見事な国際舞台へのデビューを果たしましたが、その演出効果に酔ってしまったのでしょう、他に何もなかったとはいえ、今どき珍しいファシズム丸出しの出し物を披露してしまいました。

中学校の運動会の練習でやらされる、入場行進とマスゲームにはうんざりしたものですが、ピサの斜塔みたいな人間のやぐらを組む練習中、体育教師がもう一段上げてみようと言い出し、一番上に上がった二人がバランスを崩して落ちたことがあったのですが、落ちる直前の一人のおびえた顔と、後で教師が「まさかあの身の軽いやつが腕を折るとは思わなんだ」と言った時のうかぬ顔を、今でも覚えています。

人文字は人柱を連想させます。演出する側と、それを許容する社会には根本的な問題があるのではないでしょうか。

とまあ、この日は設計事務所の見学会に紛れ込んで行ったので、専門的な所も見て来ました。吊り構造の屋根の下に照明がぶら下がっているのですが、そのメンテナンス用の歩廊、キャッツウォークというのですが、それが軒先きに平行してぐるり回っているのです。カッコワリ。試合中、本当にネコが歩いていたりして。
職人芸職人芸

日本の伝統的な木造建築は釘を使わなくて済むように、継ぎ手や仕口に工夫を凝らし、それはもう自家薬中的というか、芸術の域に達しています。釘を使わないということは木にとってはいいことにはちがいありませんが、当時の技術で釘を量産することはもっと難しかったのも事実です。

中国で文化大革命が起る5年ほど前、大躍進運動というのがありました。三千万人程餓死したのではないか、と言われている農業、工業の生産高を飛躍的に向上させる筈の、毛沢東の思い付きの政策だったのですが、各支部の指導者は鉄の生産のノルマを達成する為に、鍋釜から農具まで供出させ、粗悪な鉄の固まりがいっぱい出来たと言われていますし、北朝鮮本を読んでいると、この国は釘の一本も自力で作ることが出来ないのではないか、という告発まであります。

ヨーロッパの美術界に大きな影響を与えた日本の版画は、版元、絵師、彫師、刷師の分業が確立されていました。版元が絵を見て発行部数と何色刷にするか決め、彫師が色数分彫り、絵師が指定した色で刷師が刷る。 木の原版は刷っているうちに減るし、反るし、伸縮するし、最初の絵のイメージを保ち続けるのは刷師の腕にかかっていたのだそうです。

高村光雲は多くの弟子を持った仏師でした。上野公園の西郷さんの銅像は芸大の教授をしていた彼の手によるものですが、あの大きな顔は、仁王様を下から見上げる時のバランスを考えた仏師の手法だといわれています。 パリの万博に展示された日本猿の木彫を写真で見たことがありますが、それは本物より生き生きとした、伝統の技術というだけでは説明のつかない、迫力も感じさせます。 芸術家を意識した息子光太郎の葛藤は、西洋文化の解禁を境とした、職人芸が芸術として認知されていく過程そのものでもあります。

芸術とは輸入された概念です。詩、演劇、音楽、絵画、彫刻、舞踏 ... 西洋で芸術として扱われていなかった分野は、文化的な基盤を失い、技術革新に押されっぱなしで、大きく明暗を分けました。 こけし、押し絵羽子板、組み紐の職人や、提灯や傘や扇子を作っていた職人、指物師や煙管師、皆、民芸品か伝統工芸の世界で細々とやっていくしかなくなってしまったのです。

陶芸家、書家は復活してきています。子孫にお宝を残そうと思ったら、伝統技術の継承者の割安な作品に目をつけるべきだと思うのですが。