2001年6月アーカイブ

〓画像パス〓レンジ

わが家のインターネットの契約は、デイタイム使い放題 ¥1200 というやつで、AM6:00?PM9:00 なのですが、欲を言えばあと一時間前後ということはあっても、おおかた後は寝ているので、満足しています。 そんな私が目を覚す頃、あきらかに今、掲示板に書込みをして床に付いたと思われる、なにか駅のトイレに入ったら、先客の臭いが残っていたような場面に出くわしたりして ...

深夜族の残党と早起き組が交差する一瞬というのがあるのですね。

大都市の駅では、シャッターが開くのを待って始発の電車で帰る人、到着して職場にむかう人。 24時間営業のファミリーレストランで、ラーメンでも食べて居残った人、モーニングサービスを食べに来た人。

ある日の早朝、ファミリーレストランに入ったら、やたら混んでいたので悪い予感がしたのですが、案の定、ウェートレスは1人きりで、店長みたいなのと2人でてんてこ舞いしていました。 注文はとりにこないし、しばらく待ってもコーヒーしか出てこないし、待たされたトーストはそこはかとなく冷たく、硬直したベーコンの上の最後に出来たスクランブルエッグだけが温かい、というのを口に運びながら、ひらめくものがありました。

ナイフとフォークというのは、いかにも道具といった感じで、食器として洗練されたものが感じられない、という説がありますが ... 箸も2本の棒である。 せめて、フォークのエッジを、ナイフの様に切れるようにしておいてくれたなら、このカピカピのベーコンもフォーク一本でこと足りるのに、と。

となりのねーちゃんが「ちょっとーッ、このパンあったかいのと取り替えて!」と、声を荒げていました。

写真でみる朝日と夕日、それらしい背景がないと、どっちがどっちか分りません。 太平洋ならあさひ、日本海なら夕陽、というのも一面的な見方です。 まわりを海に囲まれた半島や島では違った風景になるでしょう。 そもそも太陽はただ輝いているだけなのです。

馬を飼う

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〓画像パス〓交換

近所に馬を飼っている人がいて、パカパカ散歩しているのをたまに見かけます。 車の運転席からは、見上げるような高さです。馬にまたがったときの目線は、室内でいえば天井の高さくらいになるのではないでしょうか。あんな所から落っこちたら大変だわ。小学校の校長先生が、退職してから始めた道楽だというはなしです。

河川の堤防でヤギを飼おうという運動があるそうです。草刈りの手間は省けるし、適度に肥料もまきちらす。 そんな運動とは関係なく、酪農家が堤防に牛を放して草を食べさせている所が、利根川には何ケ所もあります。道路を渡って牛舎に戻る牛に遭遇すると、まるでインドの路上で動きのとれなくなった車に乗っているような感じです。

土手にひそかに種をまいていたりして。

ゴルフ場の造成の仕事をしていたことがあるのですが、山の木を伐るより、それを運び出すのが大変なのです。重機が道を切り開きながら山を登っていくわけですから、相当な土砂を動かさなければなりません。まるで道路を造っているようなものです。

タイやミャンマーの山奥で、ゾウが活躍している理由がよく解ります。ゾウや馬なら大した道路はいりません。 ロボットを歩かせるのは非常に難しいのだそうです。2本足でバランスをとるのは人間でも大変です。

『熱帯雨林の消失と地球の砂漠化』という言葉は、木を伐った跡地が砂漠になってしまうかのような印象をあたえる、ずるいスローガンです。 ジャングルだもの一ヶ月もすると、人も歩けないほど草が生い茂ってしまうに決まっているでしょう。 木材の搬出の為に造った道路をつかって、今まで人の入ることの出来なかった所まで、焼き払って農地にしてしまう、人口の増加が問題なのです。

同様に、今まで利用されることのなかった、砂漠と草原の境界付近まで、放牧地にして乏しい草を食べ尽くしてしまうから、砂漠が広がっていくのです。

バブルの頃急増したゴルフ場も、今は客足が途絶えてピーピーしています。 これを際限のない自然破壊だったと決めつけるのは短絡的です。 別に山を削って海に捨ててしまった訳ではありません。土地の有効利用というのは、山岳国家の宿命なのです。 今まで利用することが出来なかった、山の中の自然の地形に手を加えて、給排水、電気、道路をそなえた、いつでも転用できる住宅地、もしくは食糧難に備えた農場だと、あたまを切り替えればいいのです。

他人の金

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〓画像パス〓自腹

昔は資産家や篤志家が私財を投じて公共の施設を造ったりしました。 資本主義の勃興期は桁違いの成金を生んだのです。

『自腹を切る』という言い方は、社会が安定して公金も豊かになり、企業の接待費や使途不明金が話題になるようになって、使われるようになったのではないでしょうか。 たかが自分の金を使うのに、命に係わるような表現をするのも随分おおげさだと思うのですが、何となく納得してしまうところをみると、そういう社会構造になっているのでしょう。

村の地域の世話人なんて、資産家がしかたなく引き受け、持ち出しでやっていたと思うのですが、今は補助金とか補償金を取って来る人が実力者で、集会所や墓地の移転や、その他もろもろ、成果を誇らし気に語るもんな。

企業の接待費も、官官接待とおなじで、大半は仲間内の飲み食いで使ってしまうものなのですが、いつも使っている店を、「最近、あの店も味が落ちたな」なんて言うやつがいるのですね、自分で金を払ったこともないくせに。 食べきれないほど注文しておいて、「あとマイルドセブン3つね」などと気配りを装って、ちゃっかり自分の分を確保するやつとか。

人の金だと、とたんに気前が良くなる人、というのがいるのです。

最近の、外交機密費の横領問題も、政府への裏金作りに便乗した内部の遊行費ねん出、ついでに自分の分を確保したのがバレてしまった、という事件でしょう。 真相を究明する気があるのなら、元室長と刑事取引きをすれば、みんなぺらぺら喋ってしまうと思うのですが、日本にはそのような制度がない、という以前に省庁間で取引きしてしまったのでしょう。逮捕まで随分時間がかかったし、容疑も横領から詐欺になってしまうし、取り調べの結果は報道されないし。

税金なんてしょせん人の金なのです。

そういえば、アメリカが借金なんか歯牙にもかけず、ドルを刷り続けるせいで世界中にあふれてしまい、それが日本のバブルを生み、またアジアの経済危機を招いた、と金儲けの神様、邱永漢氏が怒っていました。 国際通貨のドルと自国のドルは別物なのかしら。

ビリヤード

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〓画像パス〓ダーツ

ビリヤードの看板をまた見かけるようになりました。あまり儲かる商売とは思えないのですが、飽きてしまって忘れた頃復活するという不思議なゲームです。 このゲームの難しいところは、力学的かつ幾何学的に、玉がどのような軌道を描くか考えなければならない、というのは当り前として、実は、突いたあとの玉の動きが速くて、予測した軌跡の確認できない、というところにあるのではないかと思います。

突かれた玉は、アッというまにキンコンカンと弾かれてしまい、残像も残らんのですな、初心者には。 アイスホッケーのゴールシーンとか、剣道の一本のシーンを見るようで、『詐欺の急ぎ働き』という安部譲二の言葉が頭にうかんでしまうようなゲームなのです。

むかし海外旅行者のためのルーレット教室というのがありました。  ...  知らない? 私の住む地方の町ではあったのです。チップの換金ありの、あやしげな処でしたが。 ルーレットというのは1から36までの数字と、親のテラ銭分の0,00があるので38通りの出目があります。 この配列を6分割して憶え込み、勇んで出掛けていったことがありました。

ディーラーも一応はどこかに落とそうと狙っているのだろうから、というこの作戦が、一投目であえなく頓挫してしまったのは、せっかく憶えてきた配列も、先にチップを置かれてしまうと張る場所の数字が隠れてしまい、マゴマゴしているうちに時間切れになってしまって、2ケ所もチップを置くのが精一杯だということが解ったからでした。

どこかの国のカジノで、プロの賭博師が追放されたという記事が出ていたのですが、その手口はチップを全ての数字に張り、ディーラーが玉を投入してから、入りそうもない数字のチップを2ケ所ほど抜くというもので、これを延々と繰返すというものでした。 世のなかには頭のいい人がいるものです。

ルーレット教室はそのころ既に警察の手入れをうけて姿を消していました。 あれは対角線に数字が割り振ってあって、6分割して語呂合わせで数字覚えるの、けっこう大変だったんだよね。

夜景

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〓画像パス〓遠吠え

ガーデニングと横文字になっただけで随分印象が変わってしまうものです。 地味だったんですがねえ、草むしりとか、庭いじりというのは。 箱庭程度の広さになって、やっと趣味として認知されたのではないか、という気がしないでもありません。イギリスに赴任して、アパートと変わらぬ家賃にひかれて、広い庭のある家を借りたら、近所からの苦情がくるので、休みのたびにヒーヒーいって芝刈りをしなければならなかった、という噺がありました。

夜景を売りものにする観光地というのも、なにか明るいところに出せないような、うさんくさい感じがします。 海があって、山がせまっていて、それなりの街なら建て込んでしまうので、夜になると照明がきれいですよ、と言っているだけ。 後ろ姿のすてきな女性、といったところでしょうか。

ボクの住んでる町から車で20分も走ると、バンガローのような別荘が建っている区画が点在しています。 最初は菜園つきの別荘として、15坪くらいに区画して、その掘建て小屋をつけて300万円程で売出していました。 東京の人をターゲットにしたこの商売は当り、一時は30社くらいその手の不動産屋(地元ではなぜかメイキングと呼んでいます。菜園付きを○○メイキングと称して広告を出していたのです)がありました。 バブルの頃には900万円くらいで売っていたのではないでしょうか。

たしかに海と湖に囲まれたこの地は絶好の別荘地なのかもしれません。

湖畔の家は、虫のすごさに閉口します。 その辺のコンビニでは、入口に大形扇風機をおいて、客と一緒に虫が入って来ないようにブン回しています。 夜になると、田圃のかえるの鳴き声が加わります。

海辺は塩害に苦労します。車なんて3年でサビがふいてくるのです。エアコンの室外機は5年で使い物にならなくなります。鉄筋が腐食して膨張し、コンクリートが剥離して落っこちてくるほどすごいのです。電気や電話の配線も絶縁不良になってしまいます。熱海や別府のような海を望む温泉旅館のメンテナンスの苦労がしのばれます。

丘陵の林のなかの建物は、春先になると周りの畑の土ぼこりに悩まされます。白菜もキャベツもイモも作っていない時期に春一番がくるのです。どんなに閉切っていても、細かいほこりが綿のように漂っているのだそうです。

「見てくれのいい男はいろいろ後が大変だから、オレぐらいのがちょうどイイんだよ」と、すし屋のおやじがおねえちゃんに言ってました。

似顔絵

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〓画像パス〓人相書き

最近はモンタージュ写真より似顔絵のほうが重宝されているようです。 目撃者の証言をもとにつくることを考えると、特徴をとらえた似顔絵のほうが、細部から構成していくモンタージュ写真より、雰囲気をだせるような気がします。 人の顔の目、鼻、口を選ぶのって難しいと思うのです。似顔絵は描き手と証言者の共同作業ですが、モンタージュ写真は目撃者の証言で決まってしまいます。

手配犯が捕まると、描き手と証言者はひそかに映像をみて、胸をなぜおろすか、捕まってくれないほうが良かったと思うか、哀楽を共有したり、相方のせいにしたり出来る似顔絵と違って、モンタージュ写真は独り悦に入るか、一方的に責を抱え込まなければなりません。

『さらし首 人相書き手に 絵師と証人』 字あまり。

昔の盗人は足が速くなければなりませんでした。 手配書がまわる前に関所を越えてしまえばよかったのです。江戸で仕事をして箱根まで、競歩の選手のように、箱根駅伝を1人で走るようなものですが。 時代がかわって、ねずみ小僧の頬被りから目出し帽に、徒歩から車になりました。 関所は空港の出国審査でしょうか。

弘前のサラ金放火犯は妙にリアルな似顔絵が公開されました。コンピューターグラフィックによるものだそうです。このリアルさがクセものです。似ていないと「なんとなく.. 」という通報が減ってしまいそうです。 しかし、このデジタル処理された画像が、ホテルのフロントや空港の出国審査のコンピューターに瞬時に写し出されるようになると、つらいなあ、逃げる方は。

インターネットでやっています。指名手配。オームの3人組には1人200万円の賞金が掛かっていました。しめて600万円也。探偵事務所の1年分の経費がでるゾ。