2002年1月アーカイブ

〓画像パス〓色彩のブルース

EGO- WRAPPIN' 色彩のブルースのCD を買ってきました。 ジャズのスタンダードナンバーのような曲に、うまく日本語が乗っているのではないでしょうか。こんな曲に日本語の詞をつけるなんて、70年代には考えられなかったことです。

高島俊男『漢字と日本人』を読んで、中国語は一字の漢字が一音節なのに(一音節とは最小の発声単位)日本では『漢』が音読みでkan と、大概二音節になってしまう。 英語のstrike は一音節だが、日本では sutoraiku と5 音節になる。 ウ・・これはがんばっても3音節にしか縮まりそうもない。

英語の発音は3000 音節くらい有り、中国語はその半分、1500 音節くらいある。 それに対して日本語の発音は100音節くらいしかなく、非常に未発達な言葉なのだそうです。だから、おなじ発音の漢字が5つも6つも出来てしまう。

中国の女性が男を嘲って怒鳴り散らしているところは迫力ある。 日本語と英語で喧嘩したら、5倍くらいまくしたてられて沈黙してしまうしかない、というのも利に適っているのです。

70年代のフォークシーンでは、ワンフレーズに言葉をいっぱい押し込んで、ユサユサ揺すってリズムにのせるという曲が流行っていました。吉田拓朗とか、五つの赤い風船。

奏でる音符ひとつに複音節の詞。 しかし、小さな音符が増えただけのような、音符ひとつに二音節入っているとは言えないんじゃないか。 演歌のように、引き伸ばすのはいくらでも出来るようですが。 ここに、輸入モノに日本語の詞をつける難しさがあるのでしょう。

漢字が入って来た時代、もっと難しいことをやってしまったのですね。

で、演歌が歌いつがれ、ポップスは適当に英語のフレーズをはさんでごまかし、君が代は意味不明なまで間のびしてしまう、ということになるのでしょう。
〓画像パス〓バスは行ってしまった

福岡は勤王派の名の知れた志士がいたにもかかわらず、維新前に佐幕派が粛正してしまい、明治の新政府に乗遅れてしまったところです。 当然、西南の役では西郷方につき、ますます鬱屈していきます。 落込んだせいではありませんが、ここには炭鉱が有り、おかげで産業の近代化には便乗することができました。

政治的に出遅れてしまった藩の残党は、玄洋社を結成します。 萩の乱に呼応しようとして捕らえられていた頭山満、箱田六輔、西南戦争で捕らえられ、後に炭鉱で財をなした平岡浩太郎が三傑であり、あくまでも保守的で、反政府的な団体。

でも炭鉱の経営者がいるくらいですから資金はある。 安川電機の創業者もいます。

夢野久作の父親杉山茂丸とか、大隈重信の片足を飛ばした来島恒喜、後には緒方竹虎や2.26 事件のあと総理大臣になった広田弘毅も玄洋社の社員です。 欧米諸国と折衝して右往左往する立場より、従来の伝統的な価値観に立脚して大きな声を出したほうが強い。西郷隆盛を崇拝する国士集団。

孫文、金玉均、ビハリ・ボース、チャンドラ・ボースと、からだを張って朝鮮、中国、インドの亡命者を匿ったりするところは面目躍如といったところなのですが、大アジア主義となると、ちっとは自分の足元を見ろよ、と感じなくもない。

中学、高校と筑豊の田川にいたのですが、へんな所だと思ったもん。 イイカッコしいが多い。だから福岡出身の芸能人がいっぱいいる。となりの朝鮮半島の影響が強かったのじゃないかしら、とひそかに思っています。

OBに玄洋社の関係者がいっぱいいる修猷館という高校は、前身が黒田藩の藩校だったところで、進学校になって久しい。 野球の練習試合にいったら「野球学校、ばか学校」ってヤジるんだよなぁ、あいつら、と鍛冶屋の職人になったおっさんが言ってました。

観光市場

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〓画像パス〓すいか

観光バスが市場にやって来るようになりました。 従来のお土産屋では客は呼べません。安い、には違いないのでしょうが、サンマ一箱1000円で買ってどーやって食うんだよ、という問題は残ります。 感覚が狂ってしまうのでしょう。いつもスーパーでパックされた切り身を前に、呻吟する姿はありません。

かつお一匹1500円なんての、頼むと15秒くらいで三枚におろしてくれます。 これは早い。アラをポリのゴミバケツにどぼどぼっと捨てて、一匹がアッという間に二柵になってしまいます。それでも一家で食べるには多い。御近所からおすそ分けが廻ってきたりするのは、こういうケースでしょう。

年に一回くらい覗きに行っていた那珂湊の市場は、売場は昔とさして変わりませんが、駐車場が整備されて、以前はなかった回転すし屋まで出来ています。 ロボットの発達のおかげなのか、ネタは売るほどあるから、手っ取り早いのでしょう。 かつおを捌くのを見ていると、こころなしか切り口が雑な感じは否めませんが。

まだ駐車場もなかった頃、昼飯時を過ぎた料理屋で、二人で一杯始めて夕方まで呑んでしまったことがあったのですが、店のひとが変な顔して追い出しにかからなかったのは、一般の生活との時間のずれのせいなのか。

国道沿いにスイカやメロンをならべて売っている所も増えました。 あまり繁昌しているようには見えませんが、行楽シーズンには観光バスが着いたりすると、まれに100万円くらい売上げる日もあるそうです。 畑の端に小屋を建てて売っていますが、売り物は箱に詰められてトラックで運び込まれてきたりして、スーパーで買った方が安かったりします。

観光農園ってのも昔はありませんでした。 いちご狩、ブドウ、梨、りんご、芋掘りとか栗拾いまで、けっこうなんでもやってます。 ウエットスーツを着て腰まで水につかり、ポンプの水で吹かすレンコン掘りは、さすがにやってないな。シーズンが冬で、たまらなく寒そうだし、肥料に家庭の排水を流していたりして、美的要素もないもんね。

狂牛病騒ぎで客離れしている精肉業界も、屠殺場巡りのツアーでも企画したらいいのに。闘牛ショーとか。

Canadian Club

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〓画像パス〓ウィスキー

何年か前、外圧によってウィスキーの税率が安くなってから、それまで飲んでいた White Horse の5年ものの瓶が姿を消してしまいました。 1200円くらいに値下がりする筈だったのですが。代わりに前と同じ値段で買わそうという魂胆がみえみえの、12年ものが列ぶようになりました。

こういった販売戦略は、車でいえばボルボの価格などにも言われています。 ベンツはドイツでも高級車ですが、なぜボルボはこんな価格設定になるのか、当地に比べて、いかにも高すぎる、と。 高級品のイメージを維持したまま、売ることが出来ればメリットも大きい。

というわけで、1200円くらいのウィスキーを色々試して、今はCanadian Club を飲んでいます。このウィスキーは店によって値段のバラツキが激しく、おまけに同じ店でも輸入したときの為替相場が影響するのか、時期によって随分差があったりします。

先日、チラシをみて行った店がそうでした。 お目当てを捜していたら1580円と書いてある。おかしいなと思って、もうちょっと行くと1050円のコーナーが有るじゃないですか。 カッコ悪いので、5 本にしておきました。

輸入モノのウィスキーに、中に注げない仕掛けになったプラスティックのキャップが付いていた時期がありました。White horse にも付いているのを見たことがあります。 偽物が出回っているためと説明がありました。国によっては別のウィスキーを入れた偽物がでまわっていたのでしょう。 どこを経由して輸入されたのか、かえって不安になってしまうシロモノでしたが。

信じられないでしょうが、10年くらい前、近所でサントリーオールドの偽造団が摘発されたことがありました。サントリーの営業マンがスナックで飲んでいて見破ったのだ、という話しでした。 さすが専門家、そこまで味覚をみがいているのか、とずっと思っていたのですが、考えてみると、それまでの品物の流れが途切れてしまって、おかしいなと調査していたのじゃないかしら。

関わっていた酒屋が、最近マンションを建ててしまったけど、これもよくわかりません。

衣料ゴミ

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〓画像パス〓羽衣

デフレ経済の雄、衣料品が安い。 ということは、簡単にゴミになる、ということを意味しています。

ゴミの分別収集をしている町に住んでいるので、衣料は資源ゴミの集積所に持って行かなければなりません。朝から当番が立っていて、アルミ缶、スチール缶、色のついた瓶、無色の瓶、あっ!キャップは取って、ペットボトルはラベルを取って潰す、缶は潰しちゃだめ!とやっているのだそうです。

押入れの中を整理して、大量に出た衣料ゴミを車に積んで、町の焼却場に直接持って行きました。近所の集積所だと、んマア随分溜め込んだこと、と思われそうな量だったのです。先ず台貫に乗って重量を計り、次にすすんでそれらしき所でおっさんに何処に置くのか尋ねたら、ここに放り込め、とデカイ焼却炉のピットを指すじゃありませんか。

落ちたら二度と上がってこれないような深いピットを覗くと、今朝集めてきたとおぼしき衣料の資源ゴミがいっぱい入っていました。 なんだ燃やすのだったら、生ゴミと一緒に出したって同じじゃん。

再利用すると言ったところで、需要が限られているのでしょう。 思い付くのは工業用のウエスかな、一束300円くらいで、機械の油を拭いたりするのに使います。あとは土木マット。布のように織ってない不織布と呼ばれるやつで、フリースみたいなの。水と一緒に砂が流れ出さないように、吸出し防止材として使います。

正月早々、明石の海岸の砂浜が陥没して、女の子が生き埋めになった事故で、この吸出し防止材が切れていたからだ、と新聞にでていました。 もともとそんなに強度を期待できるモノではないので、それ以前の問題でしょう。 こういうコメントをするのは設計サイドの人達なので、製品や工事のせいにしたがる。

再生率の高いのは、なんといっても『金』です。 回収率は限り無く100%に近い数字でした。 火葬場の灰も入札で引き取られていくのだそうです。廃棄された携帯電話やパソコンからも回収しているのですから、不法投棄されそうな製品には金を含ませておけばいいのです。

増殖ハウス

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〓画像パス〓犬小屋

必要に応じて増殖した温泉旅館のような建物とか、昔、都市のドブ川沿いに観られた、すすけた板張りのスラム、写真で観た自ら建てたという壮大なバラックなどには、なつかしいような、人間臭さを感じます。

うっかり部屋の番号を確認しないまま風呂にでも行こうものなら、迷子になってしまうような旅館の廊下をきょろきょろしながら歩いていると、機能的とは思えませんが、バブルの時に一気に建替えて債務の返済に苦しんでいるホテルからすると、実用的とは言えるでしょう。

住宅は最小限のワンルームから始まって、必要に応じて増築し、家族の減少に合わせて古い物から順に壊していく、というのが経済的にも無理がなくて良さそうです。

限られた敷地に50年先まで見越した計画。

マンションもワンルームから2DK、4LDK、家族の減少に合わせて3DK、1DKでもかまいませんが、買い替えていくのはどこかで頓挫しそうなので、新築中の3 DKくらいの部屋をワンルームにして使い、必要に応じて仕切っていく、最終的にワンルームに戻すのが良さそうです。

いしいひさいちのマンガに、ワンルームマンションを3 DKにして使う、というのがあったけど...

釜ヶ崎のドヤで火事があったとき、ワンフロアーが2層になっていて、外観は4 階建なのに実際は7 階になっていた、という事件がありました。

どうしても家族構成が最大のときに家を建てることが多いので、2 階の子供部屋が使えなくなってしまったり、南向きの年寄りの部屋が中途半端になってしまったり、構成の変化に対応できないところが、住宅の寿命を縮めているのです。

一世代25年から30年が木造住宅の耐用年数というのもおかしいでしょう。

ポンコツ車

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〓画像パス〓車

車に乗っていたらブレーキがスコーンと抜けてしまい、むかし競輪場の前まで来たらクラッチが抜けてしまったのを思い出しました。 競輪どころじゃなかったな、電車を乗り継ぎ帰ってきたのですが、松戸から取手で乗換えて、成田を回ってと、大変なのです、いなか暮らしは。

海辺に住んでいると、車はすぐ錆びて腐ってしまうので、車検の度に買い替えるようなポンコツばかり乗り継いでいた時期があったのですが、日本の車は優秀で、めったなことでは故障もしない、というのは新車から5 年間くらいのことで、8年落ちくらいのポンコツ車では、何もないほうが不思議なのです。

10万キロを超えるとタイミングベルトが切れるというのも、山の中で学習しました。携帯電話のない時代は、電話のある所まで歩いて行かなければならなかったのです。今も持ってないけど。 首都高のジャンクションでエンコしたときは、所々に設置されている緊急電話から助けを呼ばなければいけないのですが、路肩を歩いて行くのちゃ格好わるいんだよね。

帰省ラッシュの高速道路で、マフラーのカバーが落ちてガガガと擦っていたので、路肩によって止まったら、追いこし車線を走っていくパトカーが「そんなところで停まるな!」とマイクでどなって行ったことがありましたが、そんなこと言ったってな。

縁石に乗り上げる、という事故も以外とあります。 対向車より先に右折して、というときに見落としてしまうのです。パンクしたり、ハンドルが曲がってしまったり、カメになって動けなくなってしまったり。

やはり競輪場通いをしていたときのことですが、駐車場に車を置いたまま遊びに行って、帰ってきたらゲートが閉っている。どこそこに来れば開けてやる、とはり紙があったのですが、あまり近くじゃない。 そこで縁石を乗り越えることにしたのですが、これがなかなか超えられない。そこで石をかませてドンと行ったらカメになってしまって、これは困った。

ごりごり擦ってなんとか出てきたけど、こんなことはポンコツじゃなければできません。