2002年3月アーカイブ

一つの中国

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〓画像パス〓孫悟空

チベットを中国が支配していることに対して正統性があるとは思えませんが、アメリカの国家の成立過程に疑問を持たないのもおかしなはなしです。

西部劇は先住民を追っ払って既成事実をつくるまでの話を省略して、あたかも誰もいない新大陸を開拓していたら、なぜかインディアンが襲撃してくるので、被害者の立場で自衛のために銃を取るといった話を量産しました。

この事実を整理しないかぎりアメリカ社会から銃がなくなることはありません。

イスラエルとパレスチナの戦争で、アメリカが一方的にイスラエルに肩入れするのも、国の成立過程に共通するやましさがあるからです。 選挙の時のユダヤ票が、ユダヤ資本がジャーナリズムを支配しているから、という説明に釈然としないものを感じるのはそのためでしょう。

二千年前の居住権を主張して居座ったイスラエルと、五百年前には存在しなかったアメリカ。

最近はとんと見かけなくなりましたが、映画もテレビもジョン・ウェインが出てくるような西部劇全盛の時代がありました。当時は安かったのかしら。今でもアメリカもふくめて世界のどこかでやっていそうな気がします。

ではチベットはどうなるのか?

田中真紀子が外相のときに、台湾も香港のように政治体制はそのままにして中国と一緒になればいい、と発言して台湾の怒りをかいました。言うかね、そんなこと、現職の大臣が、普通。

ひとつの見識ではあるでしょう。 市場経済を導入した時点で、一党独裁の共産主義政権には正統性がなくなったと見るのが普通で、いつまでも今の政権が続く方がおかしい。

中華料理の数だけ分裂すればいい、という無責任な意見もあります。 まして、万里の長城の外は夷敵の世界ですから、生き仏の制度のほうが残りそうな気がしますが。

リヤカー

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〓画像パス〓キャンピングカー

秋葉原の駅のそばに、段ボール回収の元締とおぼしき店が数軒あって、荷台を改造して3倍くらい積めそうにしたリヤカーがいっぱい列んでいました。 店先に置いてあるプレス機まで、ちょっとしたスロープを二人掛かりでヒイヒイ言って押していたところを見ると、そうとう重たそうでしたが、満載して2000円だと事情を知る人が言っていました。

都会の交通事情を考えると効率のいい運搬手段なのかもしれません。 かつて、地方の農家では何所にでもあったのが、今ではすっかり姿を消してしまいました。親父が通勤に使う車、カミサンがパートに行くのに使う車、爺さんが畑で使う車、息子が...と農家の庭先には4台も5台も車が置いてあります。

人力車は日本人の発明だそうです。ということはリヤカーを発明したのも多分日本人でしょう。大八車にゴムタイヤをつけただけだもん。馬から動力駆動へという流れのなかで人力でというところがミソなのでしょう。安上がりなところがいい。 人力車は自転車と合体して東南アジアやインドあたりでまだ活躍しているのではないでしょうか。

リヤカーはというと、店鋪を載せて屋台に化けていたりします。あれは祭りの山車と合体したのじゃないかしら。なによりも、文句を言われたら移動できるところがいい。周りをビニールシートで囲った固定式の屋台はいけません。あれは掘建て小屋の不衛生な飲食店というべきです。博多の屋台みたいなの。

実用面から見ても、おもわぬ所からコップが出てきたり、収納スペースにも工夫を凝らしてあって、ここらはデコレーションの固まりのような祭りの山車の比ではありません。

世間はキャンピングカーには寛容です。住所不定でもホームレス扱いされることはない。そこでリヤカーに住居を積んで移動しながら生活するといのはどうでしょう。カプセルホテルのユニット程度ならなんとか積めるのではないかしら。 別に遠くに行く必要はない。文句を言われたら移動できるところがいい。