2002年8月アーカイブ

三猿三猿

田中角栄は晩年の評判がイマイチだったにも関わらず、今なおなかなかの人気を誇っていています。同じように晩年ミソをつけてしまった金丸信の場合とエライ違いです。

今太閤と呼ばれたこともある角さんと、寝技師のまま終わった金丸さんの違いは勿論あるのですが、バラ撒いた量も違うのでしょう。ご利益のあった人、貰った人は悪くは言わない。もしくは黙っている。金丸さんのように事務所からワリシンの証書や金の延べ棒が出て来たのでは、ちょっとまずいのじゃないか、という差が大きいと思うのですが。

真紀子さんは秘密を守ってくれる筈の秘書の待遇をけちって失敗してしまいました。

秘密と共にあの世に行った角さんの運転手、竹下さんの秘書。 ないがしろにしてはいけません。...  消されちゃったのかも知れませんが。 企業の犯罪が発覚するのは内部告発からというケースが多いのです。パートも含めて従業員をないがしろにするとドツボにはまる。

角さんがバラ撒き続けたのは自前の金か?という問題は置いといて、天下の回り物だったと仮定しましょう。地盤、看板、カバン、集金マシーンと回りの停まった天下の金も含めて、全てを相続してしまった真紀子さんが、角さんと同じことをしようとすると、自腹を切るという妙なことになります。

自民党の家庭内暴力と言われる当人に関係はないのですが。

贈収賄という構図は日本に限ったことではありません。アジア、アフリカ、中南米ではもっとハデにやっていますし、欧米でもこの手の噂は絶えることは無いのですが、古今東西、贈る側はともかく、贈られる側が自腹を切ってそれに応えるということは有り得ません。

100万貰って自分の懐から1000万返す人はいないのです。

角さんが秘書の給与をけちっていたかどうかは知りませんが、そのシステムも相続したのじゃないかと思われる真紀子さんは、地価の下落に伴う遺産の目減りに頭がいっぱいで、ついつい秘書の待遇もけちってしまったのかしら。

貧乏神

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自由の女神自由の女神

八百万の神々のなかで、一番の店舗数を誇るのはお稲荷さんだそうです。 五穀豊穣から商売繁盛になった経緯は、近所の雑貨屋がコンビニになったようなものでしょうか。家の庭先から工場の一画、デパートの屋上と意外な所にまで赤い鳥居を構えています。

七福神の人気があるのももっともなことです。なんといってもあのキャラクターが、ややもすると拝金主義と取られそうなイメージを和らげています。

大黒天、弁財天、毘沙門天はインドから仏様の守護神としてやって来た神様で、中国の神様は福禄寿、寿老人、布袋さん、日本古来の神様は恵比寿さん、というらしいのですが、土着の神様と外来の神様が習合している場合もあってなかなか難しい。

この3:3:1 の割合はお金持ちの神様が日本には少なかったことを意味するのでしょうか。

貧乏な寺や神社は一杯ありますが、貧乏神には神社どころか名前もないという冷たい世間。名もなく貧しく美しい神様を祀るところがあっても良いと思うのですが。 菅原道真の祟りを恐れて祀ったという天神様、これは貧乏神の一種かもしれません。

自由の女神はフランス革命以降に生まれた新興の神様だと思うのですが。 そう言えばパーフェクトリバティーという教団もあります。

人生の大半を刑務所で過し、年老いてそこで人生を終える、という人達ばかり収容されている刑務所をテレビで取り上げていました。寝たきりになられるのが一番こわいんですわ、と面倒をみる看守が言ってたけど、70代半ばまででしょうか、お婆さんが居ないところが老人ホームとちょっと違うところで、出所してもすぐ戻ってくるのですわ、と看守のおじさんが困っていました。

『自由の女神』なんてフンといわれてしまいそうな現実。これも貧乏神の仲間に入れてもいいのではないでしょうか。 王様の気まぐれより大衆の果てしない要求に応える方が金が掛かる、と言ったのはハイエクだったと思うのですが。

魔法つかい、魔女、黒魔術なんてのは、ヨーロッパのキリスト教以前の土着の宗教の名残りじゃないのかしら。 サルトルの『自由への道』という長くて読みにくい小説がありました。比べてもしょうがないのですがハリー・ポッターの方が絶対面白い。