2003年6月アーカイブ

その他の雑菌

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牛乳牛乳

家電量販店のチラシにヨーグルトメーカー2980円というのがあって、はたしてスーパーに売っている牛乳から、本格的なヨーグルトが出来るのか、と事務所の女性と丁々発止やりあった。彼女は健康食品に目がなくて、最近は湯沸し室で大豆をコトコト煮たりして、その煮汁をペットボトルに詰めて悦に入っている。

牛乳は成分を調整したものではダメで、菌もヨーグルトを繰り返し入れていると雑菌が増殖していくので、専用の菌を買い求めて使うべきだ、と、とうとうと持論を展開する。

国産の牛乳は、成分無調整なんて言ったって手を加えてない分けがなく、おまけに何を喰わせているか分からないのだから、本格的なものが出来るわけがない。モンゴル出身の力士達が、日本のヨーグルトや牛乳が口に合わなくていかに苦労したか、彼の地では羊の肉を食べたって、それが何処の草原で育ったものか分かると言うぞ、というのがボクの意見。

本格的なヨーグルトを作りたければ、利根川の堤防で牛を飼っているところがあるから、瓶を持って行って買ってこなきゃ、と言ったら、じゃ買ってきてよ、と言われて、空き瓶さげて酪農家のおばさんを捜す姿を連想してしまった。

野菜や卵の直売の看板はあっても、しぼりたての牛乳、というのを見かけないところを見ると、食品衛生上問題があるのかしら。糞だらけのおっぱいをチョチョと拭いて機械で搾っているもんなあ。力強いその他の雑菌。

新聞の書評欄で大岡玲が『性病の世界史』を取り上げていて、そのなかで自らの体験を語っていた。新婚早々チンチンの先に違和感があり、泌尿器科に行ったら、医者が、最近どこかで遊んだだろう、と梅毒や淋病の検査をされた。誤解だ、新婚早々だったのだ。胸に手を当てて考えても疚しいところがない。数日して、結果はシロで単なる尿道炎だった、というのだが。

はたして本当にシロだったのか? 何もなくて尿道炎になるか? この手の検査で、梅毒、淋病、クラミジアなんて判るのは例外で、その他の雑菌による尿道炎、と診断されるのが一番多い、ということを彼は知らない。

貧乏史観

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銭湯銭湯

映画産業が斜陽と言われるようになったのは、炭坑のそれと同じくらいの時期であったと思うのですが、今でも撮影所の近所の赤堤灯では、芸術論を展開する若手にはことかかないようです。そんな貧乏たらしいことやっていて人に夢を与えるものが撮れるのかね、と皮肉られながら40年はやっているのだからなかなかしぶとい。

70年代フォークブームは、四畳半のフォークソングなんて言われるようになりました。『神田川』みたいに銭湯の外で石鹸をカタカタ鳴らして待つ女。待たされるのは男の方だろうが、と思わんでもなかったのすが、貧乏を歌ったわけでもないのに、今からみると貧乏たらしくもあります。つかのまの貧乏生活を楽しんでいたのかしら。今でも当時のままのアパートに暮らす人がいたら、どう言ったらいいのかわかりませんが。

世界の食料問題に関する本を読みかけて、牛肉を生産するために費やされる飼料は、貧しい国々の餓死していく民衆を犠牲にしているのだ、なんて言われると、その頃の残党かな、と思ってしまうもの。

じゃあ、牛が我がものがおに道を行く、インドの貧しい民衆はどーなんだ。 SARS ウイルスを媒介したと疑われているハクビシンで商売している中国の農民はどーなんだ。

社会主義政権が崩壊して自由主義の渦に巻き込まれた東欧諸国の文化人は、拠り所を道徳的な優位に求める、と西尾幹二が『全体主義の呪』で書いています。 旧東ドイツに湯水の如く大金を注ぎ込んでも一向に効果が現れないどころか、道徳云々と言われてしまう旧西ドイツ社会のジレンマ。

豊かな精神生活は物質的貧困のなかにこそ存在する、かのごとく、昔から、竹林の七賢とか、朝鮮のソンビ、日本では宮沢賢治みたいなタイプが根強い人気を保っています。 精神のバランスシートみたいな気もするけど。

ペットとして飼われていたのに、SARS 騒ぎで捨てられてしまって、途方に暮れたような目をしたハクビシンの写真が新聞にでていたっけ。